ドバトの増えすぎをコントロールするフクロウ

とある国道の高架橋裏にある戸袋で、20羽ほどのドバトがねぐらをとっていた。
もう、かれこれ30年以上もドバトたちが棲みついている。
それなのに、ドバトの数は増えもせず減りもせずに同じ数をずっと維持しつづけてきた。

そんなドバトのねぐらに、冬になると「フクロウ」がやってきていることがわかった。
なるほど、フクロウがドバトたちの数をコントロールしていたのか…。

自然界って「逞しいなぁー奥が深いなぁー」って、思うことしきり。

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寒波の素晴らしき氷筍とキテン

20210214 

今冬は、氷筍が多い年。
これも、10数年にいちどのチャンスなので撮影勝負は一瞬で決めなければならない。

チャンスは畳み掛けなければならないが、昨夜のような地震(2021.02.13)がくるとこの氷筍も一瞬のうちに崩れて下敷きなんてことになるから要注意。

もっとも、自然界には教科書がないのだから、絶えずいろんな角度から危険を察知することが肝要。
このテンだって、それは知っているハズ。

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ノウサギが減ってまた増えてきた

20210113
 
1960年代には、長野県南部ではノウサギが猛烈に多かった。
それが、1980年代前半には急激に減少して、1990~2010年くらいにはほぼゼロ状態が続いた。
そして、イマ再びノウサギが増加傾向に転じている。
 
「ノウサギの増加に伴い天敵のキツネを放したから、ノウサギはいなくなった」
 
このような話しをイマでも語り続ける人たちがいる。
こればかりは、都市伝説だとオイラは思っている。
なぜなら、キツネはそれほど勤勉にノウサギ狩りをしてないからである。
ノウサギがゼロ状態でもキツネは普通に闊歩していたし、ノウサギが増加に転じてきてもキツネは同じようにいて、ノウサギはあまりにも上り調子で2020年代に続いている。
 
こんなことも考えているから、今年はキツネとノウサギをきっちりカメラで捉えようと思う。
とくに、「野兎病」も視野にいれながらマダニが食らいつくノウサギとキツネを撮影したい。

コロナ禍だけにウイルスや菌までキチンと考える写真家になりたい、とオイラは思っている。

 
 
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放し飼いの健康ニワトリ

20201212

「鳥インフルエンザ」が、日本列島をじわり北上蔓延してきている。

効率を求めて数万羽というニワトリを密集飼育することで、イマの鶏卵価格が維持されている。
そのようなニワトリが一夜にして殺処分されるのだから、自然界に潜伏するウイルスの猛威と経済を考えてみたい。
このため近年、中小のニワトリ飼育業者が猛烈に廃業をはじめている。
これは、ある意味で事件だと思う。

卵があっという間に流通に乗らなくなる可能性も出てきそうだ。
写真は、10年ほど前の我が家のニワトリたち。
廃鶏になったものをもらってきて庭で放し飼いをはじめたら、ときどき卵を産んでくれるようになった。
でも、「鳥インフルエンザ」が流行しはじめて世間の目が冷たくなったので飼育を諦めた。
昔はどの家でもニワトリを数羽飼って、生ゴミ処理と鶏卵を引き換えていた。
ニワトリの卵を得るには、そんな時代が再びやってくるような気がしてならない。

オイラには、コロナ禍でもあり「大集団から個に戻れ」と時代がサインを送ってきているように思えて仕方がない。
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ツキノワグマが冬を越す前…に

20201124

「ジビエ」…などと、野生動物の肉を食うことに格好つけた甘くおしゃれな言葉が使われているけれど。
こんなの、日本では昔からの「猟師鍋」である。
山の猟師が獲物のいちばん美味い食べ方をずっとやってきただけのこと。
それだけに、信州の南アルプス山懐には山肉を獲る猟師がいて、それを買って売りさばく仲買人がいる。
そうして、100年も昔から自然と相談しながら共存共生をしてきた。
その仲買人から先日電話があった。
『今年の熊は、もう、2周間も前に仕上がっている…に』
電話を受けたときから逆算すれば、10月下旬にツキノワグマは「仕上がって」いたのだった。

「仕上がる」…、これはスゴク大切な言葉だ。
自然界と協調している言葉だからである。
こんな言葉を知ると、「ドングリが不作だから今年はツキノワグマの出没が多い」などとマスコミから連日ニュースが流されることにものすごく大きな疑問を感じてならない。
マスコミに情報を流すのは専門家や研究者といわれる人たちだから、「仕上がる」の意味をしっかり理解してもらいたいものだ。
そう、この写真こそが「仕上がって」いるツキノワグマなのだから。

「仕上がった」中身は、コレ。14年前にこの写真を公開したら、ツキノワグマ保誤派から猛烈な抗議がきた。
日本のツキノワグマは、縄文時代以前から日本の気候風土の四季がある自然環境のなかで何の変化もなくイマでも淡々と生活し続けていることを忘れてはならない。
14年経ったイマのほうが自然を理解する日本人の心は、さらに退化萎縮して家畜化されたと思えてならない。

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ツキノワグマが柿を食うというけれど…

20201108

「昔はなぁー 熊が柿の木に登ってなぁー 柿を食いに来たでなぁー
 夜になると来るから、オラは縁側に座って待ってただぁー
 満月の明かりで熊を見定めて、村田銃一発で仕留めたものさぁー
 熊の肉は柿の木の持ち主と山分け、毛皮と胆は高く売れたでなぁー」

いまから50~60年前には、長野県伊那谷のツキノワグマは確かに柿の木に登って「柿」を食っていた。
だから、老いた猟師にも美味しい仕事があった。
夜撃ちはご法度だが、のどかな時代…だった。
それが、イマでは柿を食うツキノワグマは皆無ないしは極々「稀」となっている。
それでも、ツキノワグマは猛烈に多い。
これは、何を意味するものだろう…か?

それなのに、日本海側や他県一部地域では柿を食うツキノワグマがいる。
しかも、ドングリから話題が移って放置「柿」を全国的と語る研究者や専門家、マスコミ、行政…が出てきた。

長野県伊那谷には、イマもいたるところに「放置柿」がある。
たくさん柿があるのに、ツキノワグマはスルーして行く。
イマドキのツキノワグマを語るには、二手も三手も先を読まなければならないのだけれど。

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夜間のツキノワグマは忍者のような行動をする

20201102 (FB公開)

昨日、近所のおばさんとツキノワグマの出没のことで話しをしていた。
オイラの自宅も含め近所数軒は日常的にツキノワグマの出没を警戒しなければならないところに来ているので、しっかり理詰めで説明をしていた。
ところが、話の最中に「ふわぁ~~」っと上の空になっていくのが分かる。
自分の考えている意識の想像力を越えてしまってどうすることもできなくなると、いきなり“バカの壁”というものが立ちはだかってしまうからだ。
こうなると、難しいので話題を中断するしかない。

なので、そこは、オイラ自身が考えているツキノワグマ出没警報を自分で守るしかないと思っている。

事故が起きないように、自分も家族も最大限の注意をするしかない。
ツキノワグマに襲われて顔面でもやられたら、長いながい治療の道のりとなるからだ。
涙腺でも切られたら、涙が毎日一生出続けることになる。
顎の骨を折られると歯科矯正に大変な時間と経費と修復不可能なダメージとなることもある。

11歳のとき顔面をやられて60年間も苦しんでいる知人を知っているだけに、オイラだって襲われないように真剣に注意用心をしている。

写真は、10月14日深夜0時35分のツキノワグマ。
順光で夜間の黒いツキノワグマの姿を見つけることは難しい。逆光となって初めてそのシルエットが分かるけれど、藪などがあればまったく見えない。

不気味なほんとうに不気味な動きをする夜のツキノワグマ、なのだ。

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ツキノワグマに襲われ大怪我

 
20201101

隣のとなり町で、昨夕(2020/10/31)ツキノワグマに女性が襲われて大騒ぎ。
自宅敷地内で、いきなり襲われ顔面複雑骨折。
顔面複雑骨折で顎の骨がやられると「歯」の矯正に大変な手術と時間と費用を要するということを歯科専門医から聞いている。
また、失明したり涙腺を切られると涙をとめることができなくて一生苦しんでいる人を知っている。
ツキノワグマの事故は、それだけ想像を絶する一大事であることは一般には知られていないことである。

イマドキは、ツキノワグマを捕獲していたずらに「放獣」しているのが現実社会。
捕獲された熊は、手負い熊になっていてもおかしくない現実。
その熊が人を襲っても、その証拠をつかめないのも現実。
事故をニュースだけで扱い、外出を控えろと防災無線で放送するだけが熊対策になっていないのも現実。

もう、いい加減に国も県も地域行政も本気でツキノワグマの現実を考えなければならないところにとっくにきている。
この社会的リテラシー能力のなさは、いったいどうすればいいのだろうか?
ツキノワグマは確実に増えていて、人家のすぐとなりにまで出没してきているのに、それらの認知があまりにも遅れている。
また、地域住民の危機感欠如も甚だしく、生活圏の50m、100m先の自然環境がどのようになっているのかにも気づこうとしない無頓着無関心すぎるのも問題だ。

もっとも、それを指摘すれば煙たがれるので、やはりそこは自分自身や家族、親しい知人にだけはオイラも注意ポイントをしっかり喚起しておくしかないと思っている。

画像に含まれている可能性があるもの:植物、木、屋外、自然、、「宮崎学 宮崎」というテキスト
 
 
 
 
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ツキノワグマの下半身で生息構成がみえてくる

20201027
ツキノワグマの股間を見せてもらうから「マタミール」。
この撮影は、真面目でとても大切なこと。
しかも、高度なロボット撮影技術をもちあわせていないと不可能である。
何故にこのようなことを思いつき実行したかといえば、日本の自然界でのツキノワグマの生息構成を少しでも解き明かしたい、と考えたからだ。

ツキノワグマの下半身を撮影すれば、雌雄判定どころか、とくにメスの年齢構成が分かる。
これによって、出産経験があるのか育児中なのか処女なのか…が一目瞭然だからだ。
成獣が出産を続けながら繁殖予備群となる若いメスがどんどん加わっていけば、ツキノワグマは増加に向けて上潮にあると考えられるからである。
こうした考えのもとで撮影したのがイマから10年前(2010年)のこと。
結果は、若いメス個体が当時からたくさん加わっていた、ということである。

ドングリが豊作で2年前にツキノワグマの「ベビーラッシュ」があった。
だから、今年(2020年)は若い熊が里にたくさん出てくるのだ…。

このようなニュースがまことしやかに流されているが、これには極めて疑問符がつく。
10年も前からツキノワグマの下半身「マタミール」撮影を丁寧にやってくれば、まやかし発言なんてできないからである。
ドングリに関係なく、エビデンスで語るツキノワグマの構成図。
これこそが、イマもっとも必要とされるツキノワグマの生息構造を視覚言語化できる。

ツキノワグマは、確実に猛烈に増えている。
写真で何ができるか写真家は何をやるべきか、まだまだ考える日々が続く…。

このような撮影を続けることで、ツキノワグマの雌雄や年齢構成がみえてくる。

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秋の夜長はフクロウ観察のチャンス…

20201026

野生のフクロウを観察するには、いまの時季がチャンス。
夕方から明け方まで闇が濃いから、夜行性で活動的なフクロウを知る最大条件と重なる。

フクロウは声を何種類も使って行動するから、闇夜にはリスニングがもっとも大切…。

闇夜を一瞬で飛翔してよぎるシルエットは、まるでツバメが飛ぶように速い。
月が明るいときに森を透かしてみるフクロウの姿を見てしまうと、もう、すっかりフクロウという野鳥の虜になってしまうから堪らない。
そんなフクロウの虜にされてしまえば、闇夜だって不苦労…だ。

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