ツキノワグマはべらぼうに増えている…

20170531 

「ツキノワグマはべらぼうに増えている」。

10年以上も前から、オイラは言いつづけてきた。
その根拠は、高性能な無人撮影ロボットカメラからのデーター分析にある。
人間社会用の防犯カメラが巷に溢れているように、野生動物を狙うためにオイラはたくさんの無人撮影ロボットカメラで40年余にわたるデーター収集をしてきている。
その結果から、ツキノワグマが増えていることは自信をもって発信できるからである。

カメラは高性能なので、たった4cmほどの耳タグの番号まで読み取ることができる。
これを、さらに字を大きくした専用タグを製作すればもっともっと精度はあがる。
写真家として「写真で何ができるか」とオイラは絶えず考えてきているから、ツキノワグマや日本の自然を語る専門家に写真の持つ「ちから」が分からなければ、それは、いつまでたっても机上の空論というものになろう。
ツキノワグマに家畜用(豚)「耳タグ」装着なんて捕獲されるたびに、もう、10年以上も前から何の技術確立もないまま漫然と行われてきていることである。
装着したあとのことをちょっとだけ発想を変えて追っていれば、この10年間でも相当なデータがとれたハズ。
「黙して語らない自然界」を語らせるには、発想力と技術力と行動力…それだけで充分に成果があがる、と思うのだけれど。


幅4cmほどの家畜用の耳タグだが、そこに刻まれた「97」の番号まで読みとれる。

牛にはこんな耳タグがあるのだから、クマ用に写真写りのよいのを開発するのはカンタン、だ。

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「クマ避け鈴」や「ラジオ」はツキノワグマに効果なし

20170530

「クマ避け鈴」を二つも腰につけていたのに、ツキノワグマに襲われ生命を落とした。

そんなニュースが飛び交っている。
「鈴」や「ラジオ」なんて気休めで、なんの効果もないことはオイラずっと言いつづけてきているじゃん。
ついでに、「ツキノワグマはべらぼうに増えている」ということも、10年以上も前からオイラは言いつづけているけれど。
専門家たちには全否定されている。
今日的日本の自然環境をどのように読み解くか、そして、何に気づき掘り下げていくべきなのか。
そこにヒントがあるのに、社会は、あまりにもオメデタすぎる。


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ヤマドリの痕跡

20170220 【動物が写ってないシリーズ 17 】

これは、ヤマドリの足跡。
新雪の上に、このようなヤマドリの足跡をみつけるとなんだかとても得した気分になる。
近年の「森林化」をつづける日本列島では、ヤマドリがほんとうに増えた。
それをよろこぶクマタカやイヌワシの顔が目に浮かぶ。

ついでに、白矢印先のクマザザの食痕がだれのものかをこの写真で読みとれる人はスゴイ。

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ノウサギ復活に30年の歳月

20170216 【動物が写ってないシリーズ 16 】

ノウサギ復活定着宣言を出すべく足跡の写真を撮っていた。
コンデジでたった一枚撮ったところに、柴犬の「たから」のやつが画面に飛びこんできてしまった。
犬が写っているけれど、ノウサギを撮ったので【動物が写ってないシリーズ】…。
「たから」のやつはこうしていつも邪魔をしてくるけれど、うれしくて走りまわっているだけだからヤツに悪気はない。
ノウサギの足跡を追えば、独特の糞が一粒だけところどころに落ちている。
この糞のサインは行動中のノウサギが安心して行う脱糞行為なので、安定的定着密度に達したと判断してよい。
こうした糞や足跡を待ち望んで30年。

自然界は30年スパンで見直していくのがちょうどいい、と最近は体験的に自分の判断を再認識できるようになった。

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山菜中毒は自然観の甘さから…

20170517

長野市で「スイセン」をニラと間違えて卵とじにして食べた高校生と教員が食中毒になったニュースが報じられている。
昨年も伊那市の小学校で同じような事件があった。
北海道では、ギョウジャニンニクと「イヌサフラン」を間違えて食べ死者まで出ている。
「アニサキス」にしても、なんだか自然の仕組みを理解しないまま平和な時代を迎えて来すぎたような気がしてならない。
やっぱり、こうした危機管理は自己責任であり、複眼発想的知識は自分自身で磨くしかなさそうだ。
イマドキの情報化時代に、このような知識はますます退化しているように思えてならない。

写真は、花の町宣言をしてスイセンを大量に植えている町があるけれど、スイセンの葉をニラとまちがえて観光客が持ち帰らなければいいのだが…。

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コンクリートの三面張り

20170514

「ヒトの傍らで = シナントロープから見た世界」

東京での展覧会も、あと2日。
なかなか手応えもあり、時代的視点が少しずつ変わってきていることを実感する。
今日は、このあと「トークショー」あり。

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ツキノワグマが喜ぶ人間社会背景…

20170512

山間の清流を利用した養魚場のプール底に死んでいるマス。
それをツキノワグマが見つけてヨダレを…たらす。

こんな写真を東京都内の展覧会場で見せながら人々の反応を観察しているといろんな意見が出てくるから実に面白い。
そして、都内のスーパーの鮮魚売り場に出かけて「マス」の売れゆきを見るとこれまた自然がいろんな生命を育てているのだなぁー、と思えるからこれも面白い。

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髙標高地で目立ちはじめてきたキジ

20170503

ここ5年ほどだけど、信州の伊那谷ではキジが何気に普通に多くなってきたような気がする。
毎朝、夜明けと同時に「ケーンケン」と声が聞こえてくるのは長閑でいいね。
キジは全国的には標高の低い平地に分布が普通だが、信州の伊那谷では低いところでも500メートルはある。そして、高いところでは800メートル付近でもキジが普通に見られるようになってきた。
耕作地放棄や草刈りもされずに放棄地となっている“荒れ地”が、キジには絶好な営巣場所。
地方の高齢化、過疎化…などで、標高が多少高くてもキジに住みやすい環境となっているようだ。
この現象を喜んでいいのか、それとも憂うべきか…。
人の起こした“自然撹乱”をキジの視点から見つめてみるのも、イマドキの自然観を養うにはいいのかも知れない。

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クマ避けに「ラジオ」…?

最近、「埼玉県入間川のサイクリングロードで夜間イヤホン中の自転車とジョギンク女性が人に襲われた」というニュースがあった。
あまりにも無防備だった被害者にはお気の毒だがかなりいい人生勉強になったのではないのか、と思った。

「山歩きでツキノワグマに出会わないためにラジオを持参しなさい」、という情報もマスコミや行政などからの発信でほぼ定着化している。
オイラも山野でラジオを鳴らして山歩きをしている人に何回かであったことがある。
しかし、何が起きるか分からない自然界で自分自身を守るのにはいかに「五感」が大切かということは身をもって知っている。
なので、ラジオを鳴らしていれば「雑音のバリア」を築きながら歩いているようなものなのであってイヤホン散歩と同じく、返って危険だといつも思っている。
ツキノワグマなんてのは、夜間に人間を気配すれば2m横でも足音も落ち葉を踏む音も立てないからだ。
昼間とて、これは同じコト。
ツキノワグマが襲おうとするときの威嚇声は、『ブッショ―』っと鼻汁が飛んできそうな迫力で声とも叫びとも息ともとれぬ態度をとってくる。
こんな威嚇声があることすら知らないと、ラジオをつけていればそれにも気づけないだろう。
イマドキのツキノワグマはすべて現代に生まれ生きている野生動物なので、雑音などはみんな学習済みだからである。
まあ、ラジオでも鈴でも自分が良かれと思えばそれもよし、あくまでもそこは自己責任なのだからオイラこれ以上の説明は控える。

※ ツキノワグマは大きな緊張をして襲うときには立ちあがったり中腰で一瞬にコトを済ませる動物であることを忘れてはならない。その破壊力も、これまた強烈…だ。

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キツネの落とし物

20170215 【動物が写ってないシリーズ 15 】

これは、キツネのゲロ。
キツネは、胃が焼けてくると草を食ってときどきゲロを吐いて体調管理をする。
雪の上だからこそこうして見つかるが、自然界ではなかなかこんな「珍品」に出会えるものではない。

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