「森の探偵」…

20171016

「森の探偵」が、発売3ヶ月にして早くも重版となりました。
こんなに早い重版とは驚き、感謝です。
いろんなところでの書評もあり、多くの方が関心を持ってくれたのだと思います。
「森の探偵」は、オイラにとっては永遠のテーマなので “黙して語らない自然界” をさらに好奇心をもって見届けていきたいと思っています。
引き続きよろしくお願い申し上げます。

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カモシカの写真ってつまらない

20170929

久しぶりにニホンカモシカに出会った。
この森には10年ばかり出かけてなかったので、出会うのも久しぶり。
親子が寄り添っていたのでそれはてっきり母子だと思ったら、父子だった。
撮影中に1分ほどしたら母カモシカも現れ、子カモシカに授乳をはじめたので父母子関係がこのときに判明。
子カモシカが母乳を飲むときの頭突きはヤギとまったく一緒だ。

このあと、奥山で仕事をして1時間後に現場付近に差しかかったら、またカモシカがいた。
母親に顔つきが似ていたが、精査すればどうやら別個体だった。
カモシカの密度もけっこう高いことがこれで分かった。
カモシカの写真は誰が撮ってもカメラを見ているものばっかりで、これほどつまらない動物写真はないと常々思っている。
なので、そのうちにめっちゃ面白い写真を撮ってやろうと思い、カモシカが確実に通る「けもの道」を探しはじめた。



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マダニはどこにでもいる

20171011 

再びマダニによるSFTS感染症が話題になっている。
飼い犬から人への感染は世界初…との大ニュースとして。

でも、マダニ側から人間社会をみれば、ほんとうにどこにでもマダニは潜んでいる。
ちょっとした田舎なら車を停めた脇の一歩踏み出した草むらにも普通にいるからだ。
ただ、一般の人がそのことに気づいていないだけのこと。
オイラは柴犬を絶えず放して実験をしているが、それこそダニだらけといってもいい。
それだけに、日本中で人がいるかぎり誰にもそのリスクはあるわけで、ある意味ではそのことだけを怖がるのではなく、自然界というものを少しでも理解していくことも大切なのではないのか、っと思う。
「鳥インフル」にしても現代人自身がこのようなウイルスに弱くなってきている、とも考えられる。

(写真は、シカの下瞼に食らう2匹のダニ。血を吸う前と吸った後のダニ…)

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野生動物は人には聞こえない音を出している

20171002

「犬に教わる」…というが、ほんとうにそうである。
前の「ホタル」といい、いまの「たから」と「げん」といい、山野で犬の行動を見ているだけでオイラはいろんなことを教わっている。
もちろん、新発見にもつながっている。

犬の行動でいちばん参考になっているのは、耳の角度である。
何の音を聞いているのかをこちらが理解する必要があるからだ。
それは、人間には聞こえない超音波を犬たちはちゃんと聞いているのだから、人とはちがう周波数帯をあらゆる野生動物が発したり聞いたりしていることがわかる。
そこを理解したうえで、自然環境を見ていくとたくさんのヒントにつながっていくからだ。
「音響攻撃」「音響兵器」…なるものが実際にあるのだから、やはり野生動物観察からは得るものがある。
なので、オイラはいつも山野に柴犬を連れていきながら彼らには先生になってもらっている。

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柴犬たちが蛇と遭遇…

20170926
シマヘビが日向ぼっこをしていた。
最初に見つけたのは、「げん」だった。
そのようすを見て、「たから」もやってきた。
「げん」は慎重な性格なので、蛇に近づこうともしない。
ところが、「たから」はどれどれとばかりに蛇に近づいて行ってしまった。
まあ、シマヘビなのでオイラはこれも犬たちの学習材料とばかりに成り行きをそっと見守った。
「たから」は何回も蛇に近づきながら後ろへ回ったり、前から鼻を近づけたり…。
シマヘビには鼻先20cmほどのところで攻撃を数回受けたが、「たから」は瞬間にのけぞって牙から逃れていた。
結局そんな攻防を10分ばかり繰り返していたが、「たから」は途中で飽きてしまった。
「げん」はそのようすを見ているだけで、加勢もしなければ2mほどの距離を縮めるわけでもない。
こうして、犬たちの性格を見比べると「げん」のほうが用心深くて山野では使えそうな気がする。

「げん」は子犬のときから“天然”とオイラは揶揄していたが、どうやら天然は「たから」なのかもしれない。
でも、この二頭の性格を重視すれば、一緒に山歩きをすることで連携がとれそうだ。
「げん」も「たから」も、カモシカやサルを追うがどちらも深追いをしないところがいい。
こういう犬が主人を守ると思うからだ。
たぶん、近いうちにツキノワグマとの遭遇があると思うが、そのときにどのような行動を見せてくれるのかが楽しみだ。

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ツキノワグマの秋糞

20170911 【森の探偵シリーズ 63 】

森のなかにツキノワグマの糞があった。
「これはツキノワグマの糞だ」、とオイラは見るだけでは終わらない。
この糞を小川で丁寧に洗った。
そして、植物の種子を探した。
丸いまんまの実はダンコウバイなのはすぐにわかったが、米粒みたいな種子は不明。
なので、森で考えられる実を片っ端から潰していきながら種子を探った。
その確認結果を得るまでに3年かかったが、アオハダであることがわかった。

さあ、ここまでわかれば次にアオハダなど樹木たちの生態を理解することになる。
そして、ツキノワグマはどのような採餌行動をしているのかの「探偵」となった。
その結果は、植物戦略とツキノワグマの位置づけを考えながら、オイラだけのオリジナルな言葉としてこれから使っていくことにする。
自然界は、こうしていつも“黙して語らない世界”なので自分で行動を起こさないままこれまで言われてきているようなコピー発言だはしたくない。

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野生動物の輪禍

20170920

先日、秋田新幹線の「こまち」3号にツキノワグマがぶつかって緊急停止したというニュースがあった。
クマはそのまま線路外に逃げていったらしいけれど、自然界には接骨院もないのだから今ごろはどこかで昇天しているのかもしれない。
そういえば、以前に中央線の「特急あずさ」に乗っていてシカと衝突して車輌の下に潜り込んだ死体排除に手間取り1時間以上現場で立ち往生したことがある。
このような車輌事故は電車だけでなくバスやトラック、乗用車でもたびたび起きているけれど、イマドキの日本の自然環境下では大型野生動物が激増しているから衝突事故は今後もまだまだ増えていくことだろう。
人間の乗り物を警戒しない新世代野生動物が増えていることも確か、だ

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野生フクロウが夜間に獲物を追う行動軌跡

20170918 【昔の写真が出てきますシリーズ 17 】

フクロウが獲物に向かう飛翔軌跡をコマ落としで一枚の画面にどうしても撮影したい、と思っていた。
1秒間にストロボが8回発光するように特殊ストロボを調整してみた。
計算どおりに絵コンテを描き、そのとおりに野生のフクロウが軌跡を追う。
これがズバリ決まったときの気分のよさ。

人間のモデルのように約束事や演出のきかない野生動物相手に究極の技のぶつかりあいは、まさにオイラに奇跡を起こしてくれた。
このような撮影法はもうイマドキでは懐古感あふれるものだが、30数年前のオイラには技術的にどうしてもクリアーしなければならないことだった。

メカトロニクスのスキルだけではなく、それ以前にフクロウがどのような行動を示すのかを確実に知り得ていなければならないからでもある。
その撮影チャンスは、一年間のうちで秋の一ヶ月間にしか集中していない。
それは、野生のフクロウを年間通してきっちり観察していればどこで撮影させてくれるかがわかるというものでもある。

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「死」を考える…

20170914 【昔の写真が出てきますシリーズ 16 】

「死」の写真集を出版したのは、1994年。
この4年前にはすでに撮影が終了していたから、自分のテーマとしては30年も昔のことになる。
このようなテーマで撮影するキッカケにはさまざまあるが、現代人が自然に対して大きな忘れものをしていることに気づいてもらうため、だった。
死後は妊娠期間とほぼ同じ時間で土に還っていくという自然界のルールがあり、そのプロセスに細菌も含めてあらゆる生物の登場が隠されていることを写真家として視覚言語で伝えたかったからだ。
いわゆる「九相図」を人間でなく動物にモデルになって語ってもらっただけのこと…。

当時、これを発表したら自然を美化賛美しているだけのネイチャーフォトカメラマンやファンは一斉にオイラの元から逃げ出していった。
それでよかったのだけれど30年経ったいまごろになっても、この死のテーマに出会って慌てる人たちを見るのは滑稽だ。
今年のように「ノロウイルス」やら「貝毒」やら「0157」…などの出現にうろたえる現代社会にとんでもヒントのあるテーマなのだけれど、「死」をきちんと理解するにはまだまだ時間がかかりそうな気がする。
まさに、腐らない写真で時代を撃ちつづけることの面白さに、オイラはひとりほくそ笑んでいる。
・・・「死は次なる生命をささえる」。

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ツキノワグマあと3日の余命

20170908

数日前の雨降りの夜に、このツキノワグマは重大な証拠を残してしまった。
そのために、近所の住人たちの知るところとなった。
そして、昨夜、再びある仕事場で目撃されてしまった。
そこで、今日にも地域住民と行政との協議がなされ、明日にも捕獲の準備がはじまり、明後日にはたぶん昇天という手順になるのだろう。

オイラは30年もこの地域でずっといろんな野生動物の動向をさぐってきているが、ここ10年ばかりはツキノワグマもほんとうに数が増えてきて毎年何頭も殺されているが一向に減る気配はない。
それだけ、周辺環境の自然が「盛っている」と判断している。
捕殺に対して、良いとも悪いともオイラはコメントしない。
捕殺のデータを取ることも自然観察には必要なことであり、さらにイマの周辺環境の「かんざつじねん」こそが大切なイマドキの観察者の視点だと考えているからだ。

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