マダニ vs 動物たちの 「ige抗体」対決

20170820 【写真家は見たシリーズ 28 】

このツキノワグマは、目のまわりを3匹のマダニに喰らわれている。
このような姿は別に珍しいことでもない。
ツキノワグマは1000匹単位ものダニに全身をとりまかれながら日々を生きているからだ。
シカやイノシシもそれくらい。
タヌキやキツネだって100匹単位のダニを普通に背負っている。
そして、それらのダニはすべてが宿主の血を吸うわけではない。
「ige抗体」を獲得している宿主に対してダニは喰えず、そのうちに脱落していくからだ。
このため、抗体ができていないグループのマダニだけが新たに宿主を喰らうということになる。

オイラは医者ではないので科学的なことまで勉強してないが、野生動物の観察と経験を通して直感的にこのように感じている。
それは、マダニに自分が喰われたり、飼っている柴犬を通して確信しているからだ。
犬と一緒に旅をして、オイラは現地の山野では犬を自由に放しながら歩く。
このとき、数百km離れた土地では犬が猛烈にダニを背負ってしまい、喰われるからだ。
それなのに、地元に帰ってきて同じように歩いても、一度ダニに喰われた地域ではたとえダニに付かれてもダニが喰らうまでに至らず犬の身体を歩いているだけでやがては逃げ出してしまう、という事実を発見した。
もちろん、犬についたダニは薬で落とすことなく、オイラは犬の全身を丁寧に探って1匹ずつダニを摘んで殺しながら確認している。
犬とのこんな接し方でダニの存在と野生動物の関係を知り、「ige抗体」というものを確信した。
それも、川ひとつ挟んだ対岸でも「ige」グループが違っていることもあり、このような体験から自然界とは何ごとも微妙に適度に闘い無菌状態はよくないことも野生を通して知ることとなった。

この写真は、ツキノワグマから2mの距離での撮影だが、次には30cmくらいの至近距離でダニを撮影したいと思う。その撮影スキルを考え磨くのも、これまたダニとツキノワグマがオイラにテーマを与えてくれているのだから楽しい、ね。
ついでに、ツキノワグマの「耳」の使い方からでもいろんな考察ができて面白い、よ。

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ツキノワグマは日本の「ハイエナ」

20170817 【写真家は見たシリーズ 27 】 

ツキノワグマはスカベンジャー動物である。
アフリカに「ハイエナ」がいるように、ツキノワグマは日本のハイエナ的位置づけと考えていい。
小動物から大型動物まで加齢臭漂う個体は生きたまま襲うし、もちろん死体だって貪り喰う。
縄文時代から今日まで日本の自然界にずっと生きてきたツキノワグマなのだから、過去に土葬時代の人間だってどれほど喰ってきたことか。
イマでいうところの“神隠し”だって、こうした野生動物たちの真の生態習性をきちんと知ればそこは容易に理解できる。
自然や生物を語るには、長い時間軸で目撃しなければならないことをこのツキノワグマが教えてくれた。
深夜人知れず森のなかでこのような宴を開いているのかと思うと、やはり、少しだけ寒イボもでるがツキノワグマの習性を宿してイマドキを生きているのもわかる。
自然を花鳥風月で讃美ばかりしていると自然をはかるモノサシもどんどん狂っていくのだから、こうした世界をのぞき見するのも必要であろう。

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「学習放獣」は手負い熊の増産

20170816 【写真家は見たシリーズ 26 】

このツキノワグマは、左前肢が壊れている。
逆L字形に曲がり腫れ上がり相当に痛そうで、腕をかばいながら三本の足で歩いていた。
ゆえに、かなり気が立っていた。
その原因は、人間による「お仕置き」傷害事件だった。

ある有名観光地の別荘地帯に暮らす家族がいて、ツキノワグマが軒下にやってくるのに気づいた。
このため主人は、3.6mの角材先端に五寸釘を10本ばかり打ち込んだお仕置き棍棒をつくり、そのクギでツキノワグマを痛めつけたのだった。
角材は小型重機に縛りつけ、ゴムの力で弾力をつけ、それをロープで引っ張って部屋の中から操作するという方法でツキノワグマにダメージを与えたのだ。
こうして痛めつければ、ツキノワグマは恐れをなして二度と庭先には出没しないと考えたらしい…。

しかし、主人の思いとは裏腹にツキノワグマは一向に立ち去らなかった。
そこで、オイラに原因究明の観察依頼をしてきたのだった。
この傷害行動でツキノワグマはすでに、人を恨み凶暴となっていた。
オイラが夜間に観察していても、何回も車に平手打ちにやってきたからである。
車の窓からレンズの先端だけを出して撮影しては、クマの動きに応じて窓ガラスを締めるという操作がつづいた。
パワーウインドーではとっさの作業ができず、昔の回転式手動ノブのほうがどれだけ緊急性に優れているのかをこのとき痛く知った。
それは、ツキノワグマが車に平気で手をかけるのだから窓の隙間に爪が入りそのまま外にあの力で引っ張ればどのような結末になるかは容易に想像がつく。なので、爪が入らないように窓を閉め切ればまずは安全確保ができたからだ。これがブラインドテントだったら、恐らくズタズタであろう。
この撮影を通してツキノワグマにも相当な感情があり、痛めつけた本人以外に人間を憎悪することがわかった。

なので、これまで「お仕置き放獣」や「学習放獣」などと人間に都合のよい解釈だけで檻やワナで捕まえたツキノワグマを野に放してきたが、これはまちがいなく“手負い熊”の増産を意味しているから危険きわまりない愚行だとオイラは言いつづけてきた。
ツキノワグマは憎悪の表情を隠したままポーカーフェイスでいきなり攻撃行動に出てくるのだから、クマの心理を読みとることは極めて難しい。
まあ、実際に現場に立って観察してみればツキノワグマという動物がよく理解できる、と思う。

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ハクビシンの敏捷性


20170810 【昔の名前で出てきます シリーズ 12 】

ハクビシンといえば、1970年代はまだまだ非常に珍しい動物だった。
それが、1980年代にはいると普通の動物となった。
そして、いまは2010年代だが、ここ30年ばかりの当地では微増はしたものの爆発的増加とはいえないカンジにある。
むしろ、人口密集地などでは激増傾向にあるのか…。

まあ、増えた減っただけで自然界を語ってお終いにすることは多いが、写真家としてはやはり写真のクオリティーというものを当時から考えていた。
自分のもてるスキルに挑戦する意味でも、そこは大切なファクターだ。
ハクビシンを知るにはポートレートの記念撮影だけでなく、生態の裏側まで知るヒントになる写真もクオリティーの一部だからである。

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コウモリに怒るタヌキ

20170812 【写真家は見たシリーズ 24 】

タヌキが「けもの道」をトボトボと歩いてきた。
すると、コウモリが飛んできた。
そのウザさに、タヌキは怒った。
こういうことも、自然界では日夜繰り返されているのだろう。
その事実を私たちは目撃できないので知らないだけなのだ。
無人撮影ロボットカメラは、そうしたコウモリとタヌキの関係をちゃんと見届けていた。
そして、このたった一枚の写真から多くのことが分析でき次なるヒントに向かうことができる。

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写真は独自の視点で独自路線がいい…

20170729 【写真家は見たシリーズ 19 】

ときには、モノクローム写真もいいものだ。
何気に放置カメラが記録する映像にも、次なる撮影ヒントが満載なのがいい。

カメラマンの撮影モラルがどうのこうの云々、重箱の隅つつきの昨今だが。
一本のサクラや温泉に入るサルの数よりも多くの「人」がそこに集まればいろんな「我」も出てくるものだ。
他人が気になるならば、そういうところに行かなければ良いのある。
要するに表現力がないから、他人のやることが気になるだけなのだ。
自分だけのオリジナルな視点、映像、言葉…、それが表現者の基本ではないのか、な?

オイラは群れないし亜流撮影もやらない。
自分の表現はたったひとりで教科書をつくっていけばいいと思ってずっとこれまでやってきた。

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ツキノワグマがやってくるから「クマクール」


20170727 【写真家は見たシリーズ 18】

4年ほど眠らせておいた「クマクール」のひとつをテスト再会してみた。
やっぱり、面白い。
イノシシが確実に増えていることは知っていたが、巨大オスが何頭もいるのには驚いた。
もちろん、ツキノワグマ…も。

自然界は着実に動いている。
それを目撃するのも、写真家の仕事…か。



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増えすぎたニホンザルが人を襲う…


中央アルプス山麓には、危険なニホンザルが出てきた。
釣り人やハイカーに威嚇して襲うサルがいるからだ。
自然愛護も動物愛護も、ここまでくると「共存」などと酔狂なことは言っておれない。
ニホンザルのあの鋭い牙で顔でも噛まれたときには、相当なキズをつくるだろう。そのときの補償は、どこでもやってくれない。
50年前からサルを見てきているが、その数は5倍くらいに増えている。
これは、人間社会がサルに無意識間接的「餌付け」をしてきたからだ。
春になればサクラが咲きそれを愛でるのが好きな日本人だが、2~3ヶ月後にはサクランボが実ることを忘れている。そのサクランボがサルたちには恰好なご馳走になっているからだ。
この公園は、サクラの花を愛でるために34年前に公園整備をしてサクラの木を植えた。
その公園が、いま、サルの餌場となっている。
もちろん、ときどきツキノワグマもやってくるし観光客もやってくる。
公園なので、いつか、人が襲われると思う。
「無意識間接的な餌付け」…、これは人間みんながやっていることだから仕方のない「共存」か。

人間が花を愛でるだけで植えたサクラ公園が、野生動物にはサクランボのレストランになっているとは誰も気づかない「無意識間接的餌付け」。

いくつものサクランボを同時に食うニホンザル。

こんな顔をしていても、しっかり人の動きを監視している。

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ほんとにツキノワグマだらけ…

20170629  

オイラのフィールドは、ツキノワグマだらけだということは承知している。
でもね、いつも「クマ払い」をしているから実際に出会うことは難しい。
でも、でも、オイラがいないところではけっこうかなり頻繁に出没していることが見えてきた。
ニアミスを起こさないように細心の注意をはかりながら、さらに慎重行動をとらなければならないことを胆に命じた。
熊スプレーも、安全ピンを外して、いつも利き手で持ち歩くようにしはじめた。

長野県ではツキノワグマの生息を4000頭以内に公表しているけれど、ゼロの数がひとつ違うのではないの?
ほんとうに、もう、クマだらけ。

※ 最近安いセンサーカメラを多数展開をするようになった。


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犬猿の仲

20170628

一歳になる雄柴犬の「げん」は、まだ野生動物との対峙がなかった。
少し優しすぎる性格に問題が見えるので、野生動物との出会いは慎重にしてきた。
その「げん」が、昨日、とうとうサルに出会った。
けっこうかなり興奮してサルを追っていたが、まだまだ場数を踏ませないと「げん」はどのような犬に育っていくのか見えない。
言えることは、このようなときに主人がサルを目の前で撃ち落として犬に見せてあげればすぐに立派な「獣追い犬」になるのだが、それができないイマドキなので犬を育てるのも難しい。
まあ、猟犬に育てるつもりもないが野生動物察知犬になってほしいので、時間をかけて経験を積ませながらオイラも「げん」の特質を見つめていくことにしよう。

ほれ、サルだって小便ちびっているではないか…

サルの存在を悟り追跡にいく姿は抜群に恰好いいのだが…
このあと、コジュケイの叫びを聞き60mくらい藪に入っていって追い出したのには及第点。

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