2010-02-25 Thu  [ 哺乳類・野生動物 ]

チョウセンイタチに挑戦だぁー

by gaku


東海地方のあるドブ川の堤防に車を停めて、ヌートリアの出番を待っていた。
その視界に、イタチの姿が入ってきた。
イタチは、軽やかにドブ川の土手を走りながら、ボクのほうに向かってくる。
まあ、イタチの習性を知っているだけに、一瞬に通り過ぎるであろうから、撮影など期待もしてなかった。
それでも、期待するのは「チョウセンイタチ」という外来動物であってほしいということ、くらいだった。

そのイタチは、どんどん近づいてきて、車から6mくらいのところを草陰に隠れながら通り過ぎていった。
まあ、そんなものだろうから、行きたければ行くがいいと見送った。
そのイタチが、10分ほどして、今度は再び戻ってくるではないか。

3mほど進んでは、後ずさりしては、また進む。
進んだかと思えば、また戻ってきてあたりを警戒していく。
その過程で必ず立ち止まることをするから、その瞬間を狙ってカメラを構えてみた。
カメラは、ニコンD700に500mmレンズが付いていた。
一瞬のチャンスがあったので、3枚ほどの連写。
手ごたえは充分にあったが、イタチは再びどんどん遠ざかっていった。
もう、これでお終いと思ったら、また5分ほどして今度は戻ってくるではないか。



なにやら獲物を持ってのお帰りのようだ。
それも、野鳥のケリらしい。
獲物を運んでは、途中で放り出し、草陰に身を隠す。
意を決したかのように再び獲物に向かって、3mほどくわえて運んでは、また草陰に身を隠す…。
このイタチ独特の行動は、猛禽類に自分が捕まえられないための自衛行動だからである。
このような行動の繰り返しで、イタチはケリを運んできたが、目の前に来るころには草に隠れてしまってまったくの死角になってしまった。

イタチは、まちがいなくチョウセンイタチだった。
どうやら自分で捕まえた獲物を、どこか安全な巣穴まで運ぶ予定だったのだ。
道中の安全を確かめるために、まずは手ぶらでいちどコースを見回り、再び戻ってこんどは獲物を運んできたのだった。

まあ、ニホンイタチであろうがチョウセンイタチであろうが、行動には大差ないから別に驚くことはないが、この一瞬の出会いでボクはチョウセンイタチをきちんと撮影したいと思うようになった。
外来動物が日本在来のイタチを追いやるから迷惑だとか、どうのこうのと言う人は多いが、ではチョウセンイタチをきちんと見て対策をたてられる人がどのくらいこの日本国内にいるのだろうか?
大した生態写真もない現代社会なのだから、ここはオイラの技術がどのくらい通用するかを試してみたくもなった。

イタチは、とにかく神出鬼没でなかなか出会いにくい動物の代名詞でもある。
でも、彼らの生態さえ押さえてしまえば、なんとかなるからである。
誰もチョウセンイタチをきちんとやっていないのならば、ここはひとつオイラの技術で「挑戦」してみてもいいと思った。
さっそくチョウセンイタチだけに反応する媚薬を考え、超ワイドレンズで狙う絵コンテが閃いた。
そのうちに、そんな写真のお披露目もできると思う。

写真:
1)この体色、表情は、まぎれもないチョウセンイタチである。
2)繁殖期に入ったケリをどこかで捕まえ、巣穴まで運んでいってゆっくり食事の予定なのであろう。



2010-02-24 Wed  [ 哺乳類・野生動物 ]

ヌートリアの現実を求めて…

by gaku


「アサヒカメラ4月号」と朝日新聞大阪本社で行われた「写真コンテスト」の総評原稿締切りが、どちらも22日までだった。
この2つの締切りが済んだ時点で次の締切りはいつだったかと考えれば、3月10日の新聞連載原稿。
3月10日といえば、「田淵行男写真賞」の選考会があるではないか。
そして、前日の3月9日は「コウノトリ写真コンテスト」の審査会。
このようなスケジュールがすでに決まっているのだから、移動日を含めれば3月10日の原稿締切りは5日には終わっていなければならない。

これらの日程を逆算すれば、3月上旬までは一応自由な時間がとれる。
いくつかの機材開発も残っているが、ちょっと気になっている外来動物のヌートリアの動きを見ておきたいという希望もある。
そこで、東海地方まで旅に出ようと、車に寝袋を積み込んで出かけたのが22日の深夜だった。
思い立ったらすぐに行動に移すのがオイラ、である。

まあ、東海地方だから高速道路なら2~3時間のエリア。
それでも、このような旅はその気にならないとなかなか出かけられないものだ。
長野県と隣接している地域だからこそ、ここでのヌートリアの動きをいま調べておかないと次の手が打てないとボク自身では思っている。
なので、数日間をこれらの地域でのロケハンに当てようと思った。



そして、現地に着いて感じることは、東海地方にはものすごい数のヌートリアが生息していて、農業被害も出しながら堤防などの土手に穴を開けて巣をつくっていた。
それに対して、対策がまったくなされていないということだった。
市民も行政も無関心なのか、それとも打つ手がないのか?
とにかく、このままではとんでもないことになっていくと思う。



写真:
1)ダイサギとコサギとヌートリア。
2)ヌートリアはネコほどもある巨大な泳ぐドブネズミと思えばいい。
3)糞も巨大なドブネズミ版。




2010-02-21 Sun  [ 哺乳類・野生動物 ]

雪上の足跡を見て思うこと…

by gaku


南アルプス山麓の超過疎村へ出かけてきた。
人口が2000人を割り、それも高齢者ばかり。
人間の数よりも、野生動物の数のほうが多い、村である。

陽春の日差しに雪はどんどん痩せていくが、そこにはたくさんの動物たちの足跡。
ニホンジカの足跡がほとんどだが、キツネ、テン、サル、イノシシ…も、見られる。
足跡はたくさんあっても、ご本尊たちの姿をなかなか見ることはできないが、足跡がついているということは確かに行動しているからである。



これだけの足跡を見てしまうと、もはや動物を愛でるというような気分ではない。
戦慄すら感じるのは、ボクだけではないだろう。
人が知らない間に、これほどまでに闊歩する傍若無人ぶりには脅威すら覚える。

何故にこれほどまでに、動物たちが増えてしまったのだろう?
足跡を目撃しながら、新たな自然観を考える時代となったことを悟る。
これらの足跡をみても、何も感じない人間はもはや自然界を探るアンテナが麻痺しているとしかいいようがない。
これは、ほんとうに脅威だからである。
ボクには、そう映って仕方がなかった。





2010-02-16 Tue  [ 旅・取材・人 ]

食いだおれ大阪

by gaku


第8回全日本動物写真コンテストの審査が朝日新聞大阪本社であった。
審査委員長ということで前泊して審査に臨んできたが、金賞にはすばらしい作品を選ぶことができて多いに満足してきた。

前の日には関西で気のおけない仲間たちが集まってくれて、美味いもの大会ともなった。
「づぼらや」でてっちりを食べていたら、一人の弟子が「こないなもん買ってきましたからお土産にどうぞ」と差し出してきた。

なんと、「電池式のハンダごて」に「振動スイッチ」。
ハンダごては電池式なので、野外のどこでもハンダ付けができるスグレモノ。
説明書を見れば、単3乾電池4本で1時間使用できるというものだった。
差し迫って、これをすぐに使う予定はなかったが、電池を単1にすれば相当な時間がもつだろうとその場で思った。
さらには、これにタイムスイッチを仕込んで野外に置いてイノシシの嫌がる臭いを焼き込めば、これは鼻のいいイノシシの獣害対策にも使える、と閃いた。

振動スイッチはちょっとした揺れでスイッチが入るから、これも耳のいいニホンジカ対策に利用できる、と瞬間的に思った。
フグを食べながら相変わらずオイラの頭は冴えていたが、こないなものを買い込んできてプレゼントをしてくれる弟子はほんとうに面白いやつ。
オモチャのようなものだったが、工夫次第ではすばらしいものへの発展となるではないか。
そんなオイラの喜びそうなものを探してくるところが、可愛いいのだ。

大阪入りのほんとうの理由は写真審査だったが、前夜にこのようなものをプレゼントされるとオイラの頭のなかはもうどのようなところにこのパーツを使うかということで一杯だ。
だからといって、審査に手抜きをしたわけではないが、楽しく充実した2日間だった。



今夜さっそくこれらのパーツを発想どおりに組み立ててみたが、アイデア満開ばっちりだった。
明日にも野外で、実験できそうだ。

写真:
1)大阪はほんとうに何を食べても美味しい街。
2)電池式ハンダごてに振動スイッチ。こんなものでもアイデア次第でたいへんな道具に変身するから面白い。


2010-02-13 Sat  [ 旅・取材・人 ]

さようなら立松和平さん

by gaku


立松和平さんが亡くなられた。
62歳。

ボクと2つしか違わない。
若すぎて、あまりにもショックだ。

「宮崎さーん ぼくは横松和平が本名なんだよ
 それを、立松にしただけ、さ」

初めて出会ったときの言葉が、コレだった。

「ヨコをタテにしただけなんですか?
 それにしてもいいペンネームを考えついたものですね!」

ボクはえらく感動したことを覚えている。
そのあと、フクロウ谷に訪ねてこられて、一緒に夜間観察をしたことがある。
二人で、夜の山に座り込んで、フクロウを待っていると、

「いま、殺気がなくなったね
 フクロウは、この谷から消えた…」

いやー その勘のよさには恐れ入ったものだった。
ボクも実際にはそのときに殺気がなくなったことを感じていたが、それを立松さんも同時に感じていたのだからほんとうに驚いたし、感心した。

「宮崎さんねぇー ぼくのところにエロ本がたくさんあるんだよぅー
 ○○市の小学校の校長先生が亡くなってねぇー 家族が遺品を整理していたらどっさりエロ本が出てきたらしく、
 奥さんがぼくのところに預かってくれとダンボール箱3個送ってきたのさ
 いやー スゴイのがあって、ぼくもビックリしたよぅ
 これで、小説が3本ばかり書ける、ぜ」

「立松さん、それは楽しそうだね
 小説楽しみにしてます、よ
 で、いらなくなったらそのエロ本をボクが預かってもいいです、よ…」

こんな話をしたことを覚えているが、とうとうそのエロ本をモデルにした小説は出てこないままだった。
これからというときに、やっぱり残念だ。

それにしても、男の60歳前後という年齢は疲れが出てくるころらしい。
60歳、62歳、64歳…
大切な知人と最近たてつづけにお別れが続いている。
オイラも、60歳。
それだけに、立松さんとのお別れはかなりショックである。

合掌。


写真:この写真は1995年1月27日のもの。ボクが講談社写真文化賞をもらったときに立松さんが駆けつけてくれた。こんなにも若くて元気だったのが残念でならない。



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