コウモリに怒るタヌキ

20170812 【写真家は見たシリーズ 24 】

タヌキが「けもの道」をトボトボと歩いてきた。
すると、コウモリが飛んできた。
そのウザさに、タヌキは怒った。
こういうことも、自然界では日夜繰り返されているのだろう。
その事実を私たちは目撃できないので知らないだけなのだ。
無人撮影ロボットカメラは、そうしたコウモリとタヌキの関係をちゃんと見届けていた。
そして、このたった一枚の写真から多くのことが分析でき次なるヒントに向かうことができる。

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写真は独自の視点で独自路線がいい…

20170729 【写真家は見たシリーズ 19 】

ときには、モノクローム写真もいいものだ。
何気に放置カメラが記録する映像にも、次なる撮影ヒントが満載なのがいい。

カメラマンの撮影モラルがどうのこうの云々、重箱の隅つつきの昨今だが。
一本のサクラや温泉に入るサルの数よりも多くの「人」がそこに集まればいろんな「我」も出てくるものだ。
他人が気になるならば、そういうところに行かなければ良いのある。
要するに表現力がないから、他人のやることが気になるだけなのだ。
自分だけのオリジナルな視点、映像、言葉…、それが表現者の基本ではないのか、な?

オイラは群れないし亜流撮影もやらない。
自分の表現はたったひとりで教科書をつくっていけばいいと思ってずっとこれまでやってきた。

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ツキノワグマがやってくるから「クマクール」


20170727 【写真家は見たシリーズ 18】

4年ほど眠らせておいた「クマクール」のひとつをテスト再会してみた。
やっぱり、面白い。
イノシシが確実に増えていることは知っていたが、巨大オスが何頭もいるのには驚いた。
もちろん、ツキノワグマ…も。

自然界は着実に動いている。
それを目撃するのも、写真家の仕事…か。



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増えすぎたニホンザルが人を襲う…


中央アルプス山麓には、危険なニホンザルが出てきた。
釣り人やハイカーに威嚇して襲うサルがいるからだ。
自然愛護も動物愛護も、ここまでくると「共存」などと酔狂なことは言っておれない。
ニホンザルのあの鋭い牙で顔でも噛まれたときには、相当なキズをつくるだろう。そのときの補償は、どこでもやってくれない。
50年前からサルを見てきているが、その数は5倍くらいに増えている。
これは、人間社会がサルに無意識間接的「餌付け」をしてきたからだ。
春になればサクラが咲きそれを愛でるのが好きな日本人だが、2~3ヶ月後にはサクランボが実ることを忘れている。そのサクランボがサルたちには恰好なご馳走になっているからだ。
この公園は、サクラの花を愛でるために34年前に公園整備をしてサクラの木を植えた。
その公園が、いま、サルの餌場となっている。
もちろん、ときどきツキノワグマもやってくるし観光客もやってくる。
公園なので、いつか、人が襲われると思う。
「無意識間接的な餌付け」…、これは人間みんながやっていることだから仕方のない「共存」か。

人間が花を愛でるだけで植えたサクラ公園が、野生動物にはサクランボのレストランになっているとは誰も気づかない「無意識間接的餌付け」。

いくつものサクランボを同時に食うニホンザル。

こんな顔をしていても、しっかり人の動きを監視している。

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ほんとにツキノワグマだらけ…

20170629  

オイラのフィールドは、ツキノワグマだらけだということは承知している。
でもね、いつも「クマ払い」をしているから実際に出会うことは難しい。
でも、でも、オイラがいないところではけっこうかなり頻繁に出没していることが見えてきた。
ニアミスを起こさないように細心の注意をはかりながら、さらに慎重行動をとらなければならないことを胆に命じた。
熊スプレーも、安全ピンを外して、いつも利き手で持ち歩くようにしはじめた。

長野県ではツキノワグマの生息を4000頭以内に公表しているけれど、ゼロの数がひとつ違うのではないの?
ほんとうに、もう、クマだらけ。

※ 最近安いセンサーカメラを多数展開をするようになった。


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犬猿の仲

20170628

一歳になる雄柴犬の「げん」は、まだ野生動物との対峙がなかった。
少し優しすぎる性格に問題が見えるので、野生動物との出会いは慎重にしてきた。
その「げん」が、昨日、とうとうサルに出会った。
けっこうかなり興奮してサルを追っていたが、まだまだ場数を踏ませないと「げん」はどのような犬に育っていくのか見えない。
言えることは、このようなときに主人がサルを目の前で撃ち落として犬に見せてあげればすぐに立派な「獣追い犬」になるのだが、それができないイマドキなので犬を育てるのも難しい。
まあ、猟犬に育てるつもりもないが野生動物察知犬になってほしいので、時間をかけて経験を積ませながらオイラも「げん」の特質を見つめていくことにしよう。

ほれ、サルだって小便ちびっているではないか…

サルの存在を悟り追跡にいく姿は抜群に恰好いいのだが…
このあと、コジュケイの叫びを聞き60mくらい藪に入っていって追い出したのには及第点。

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ツキノワグマはべらぼうに増えている…

20170531 

「ツキノワグマはべらぼうに増えている」。

10年以上も前から、オイラは言いつづけてきた。
その根拠は、高性能な無人撮影ロボットカメラからのデーター分析にある。
人間社会用の防犯カメラが巷に溢れているように、野生動物を狙うためにオイラはたくさんの無人撮影ロボットカメラで40年余にわたるデーター収集をしてきている。
その結果から、ツキノワグマが増えていることは自信をもって発信できるからである。

カメラは高性能なので、たった4cmほどの耳タグの番号まで読み取ることができる。
これを、さらに字を大きくした専用タグを製作すればもっともっと精度はあがる。
写真家として「写真で何ができるか」とオイラは絶えず考えてきているから、ツキノワグマや日本の自然を語る専門家に写真の持つ「ちから」が分からなければ、それは、いつまでたっても机上の空論というものになろう。
ツキノワグマに家畜用(豚)「耳タグ」装着なんて捕獲されるたびに、もう、10年以上も前から何の技術確立もないまま漫然と行われてきていることである。
装着したあとのことをちょっとだけ発想を変えて追っていれば、この10年間でも相当なデータがとれたハズ。
「黙して語らない自然界」を語らせるには、発想力と技術力と行動力…それだけで充分に成果があがる、と思うのだけれど。


幅4cmほどの家畜用の耳タグだが、そこに刻まれた「97」の番号まで読みとれる。

牛にはこんな耳タグがあるのだから、クマ用に写真写りのよいのを開発するのはカンタン、だ。

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「クマ避け鈴」や「ラジオ」はツキノワグマに効果なし

20170530

「クマ避け鈴」を二つも腰につけていたのに、ツキノワグマに襲われ生命を落とした。

そんなニュースが飛び交っている。
「鈴」や「ラジオ」なんて気休めで、なんの効果もないことはオイラずっと言いつづけてきているじゃん。
ついでに、「ツキノワグマはべらぼうに増えている」ということも、10年以上も前からオイラは言いつづけているけれど。
専門家たちには全否定されている。
今日的日本の自然環境をどのように読み解くか、そして、何に気づき掘り下げていくべきなのか。
そこにヒントがあるのに、社会は、あまりにもオメデタすぎる。


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ヤマドリの痕跡

20170220 【動物が写ってないシリーズ 17 】

これは、ヤマドリの足跡。
新雪の上に、このようなヤマドリの足跡をみつけるとなんだかとても得した気分になる。
近年の「森林化」をつづける日本列島では、ヤマドリがほんとうに増えた。
それをよろこぶクマタカやイヌワシの顔が目に浮かぶ。

ついでに、白矢印先のクマザザの食痕がだれのものかをこの写真で読みとれる人はスゴイ。

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ノウサギ復活に30年の歳月

20170216 【動物が写ってないシリーズ 16 】

ノウサギ復活定着宣言を出すべく足跡の写真を撮っていた。
コンデジでたった一枚撮ったところに、柴犬の「たから」のやつが画面に飛びこんできてしまった。
犬が写っているけれど、ノウサギを撮ったので【動物が写ってないシリーズ】…。
「たから」のやつはこうしていつも邪魔をしてくるけれど、うれしくて走りまわっているだけだからヤツに悪気はない。
ノウサギの足跡を追えば、独特の糞が一粒だけところどころに落ちている。
この糞のサインは行動中のノウサギが安心して行う脱糞行為なので、安定的定着密度に達したと判断してよい。
こうした糞や足跡を待ち望んで30年。

自然界は30年スパンで見直していくのがちょうどいい、と最近は体験的に自分の判断を再認識できるようになった。

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