樹影は語る…

「サクラ切るバカ、ウメ切らぬバカ」、というけれど。
桜の枝は切ると木が弱って枯れることがあり、梅は枝を切ったほうがよい実がつくというたとえである。
梅は、実なりをよくするためには「剪定」とう枝切りをしたほうがいいからだ。

ところが、伊那谷を歩いていたら、枝が伸び放題となっている梅畑を見つけた。
もう、少なくとも2年間は「剪定」をしてない畑なので、これには何かあると思った。
さっそく、近所に知り合いがいたから聞いてみたところ案の定ワケありだった。

10年ほど前に、梅畑を管理していたお爺さんが亡くなってしまったそうな。
そして、3年ほど前には、管理を受け継いだ息子さんも亡くなってしまった。
残された家族は、梅の木の管理ができなくなり、このように放置してしまっているらしい。
樹影には、やっぱりそれなりの理由が隠されていたのだった。

草ぼうぼうになって放置されている田んぼや畑もあるけれど、そのようなところはほとんどが後継者がいなかったり、病気などになって耕作ができなくなってしまったようなところだ。
地方の農村には、このようにいろんな形でサインが出されている。
農業を継いでいくということは、ほんとうに大変なことだと思う。
食糧自給率の下がっている日本の農業事情だが、このような光景を見てしまうとついつい日本の将来が心配になってしまう。
消費者である私たちも、いろんな風景に関心をもちながら身近な食を考えてみるのもいいだろう。

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樹影は語る… への5件のコメント

  1. あーる より:

    当地に引っ越して来た20年近く前、標高1000メートルにもなろうかという山地に
    栗や梅が植えられ、小さな谷戸は棚田になっていて、どれもきちんと手入れされていて、感動しました。
    今はあちこち荒れ果て、それでも実をつける梅や栗は獣たちを養っています。
    人も減った。働き盛りの年代が残っていても、梅なんて安くて出荷しても赤字になる。
    機械も入らない小さな田んぼで米を作るより、下に大きな田を借りた方が良い。というところです。
    道作りも以前は総出でしていた草刈りは、役員だけで除草剤をまくようになってしまったし。
    そういうところに、獣たちがつけ込んで、いのしかさるはどんどん殖えて行きます。

  2. とも より:

    ’ずく’と知恵がなければ、中山間地で生き延びるのは大変です。
    でも、それがあれば、野生動物と同じように、快適な環境を確保することは可能です。
    ’ずく’と知恵のある皆さん、どんどん過疎地に入りましょう。

  3. oikawa より:

    以前、農業学校の教官をしていましたが、親は口をそろえて、農業は大変なので子には継がせたくない、といっていました。仕事は何でも大変だとは思うのですが、親がやっていたのでなんとなく継いで、大体このような方は儲かってませんからそう思うのでしょうが、研究熱心な農家は儲かっていたし、継がせたくないとも言ってませんでした。これもひとつの淘汰でしょしょうか?

  4. uz より:

    先日はありがとうございました。
    次の日に島根へ獣害の講習で行き、途中の道すがら熊棚を探しました。
    なかなか走る車窓からは確認は難しいですね。
    足助に戻りまた、確認したいとおもっています。
    カメラの設置の件いつでもご連絡ください。
    すーさんによろしくお伝えください。あのシシ鍋は最高峰でした。
    またうまい酒をご一緒させてくださーい。

  5. gaku より:

    ■あーる さん
    危惧されていること、わかります。
    最後に動けなくなった老人が、町に暮らす子供のところに引き取られていき、空家となる。。

    ■とも さん
    「ずく」は大切ですね、とくに山間地に暮らせば。
    オイラも、少しずつ「ずく」がなくなってきてしまいました。

    ■oikawa さん
    研究熱心、それは必要なことです。
    オイラも、田舎で生活できるのも「研究熱心」だから、かな?

    ■uz さん
    「しし鍋」は、美味しかったですか?
    次回は、御地で「商品」にするイノシシを食べてみたい、です。
    よろしく、です。