環境を考える 8 「三陸海岸大津波」

宮城県南三陸町の中心地を外れた小さな漁村。
ここも、津波で大きな被害に見舞われていた。
しかし、たった1メートルの高低差で被害を免れたところもあった。
大被害と無害との境界線がものの見事に線引きされていた、のである。

3月11日の大津波から1ヶ月もすれば、漁師たちの一部には痛んだ船の補修に励むものもいた。
お気の毒な惨事があったばかりではあるが、オイラはそんな漁師に声をかけてみた。
漁師は心痛ながら一応答えてくれた。

「吉村昭さんという作家がおりまして、安政3年、明治29年、昭和8年と昭和35年の三陸海岸大津波を取材して本にしていますが、今回も当時とまったく同じような被害が出ております。
その本の中では、自然からのサインが当時いろんな形で出ていたというのですが、地震の前にイワシやアワビなど魚介類の変化はなかったですか?
また、井戸水が枯れるというようなこともあったみたいですが…?」

と、オイラは訊ねてみた。
すると、

「昨年の暮れだったけれど、イワシが陸にたくさん飛び上がってきてた、なぁー
井戸水は、水道になってしまったから観察できなんだが、避難先でも断水してたので井戸を思い出して水を探しにいったけれども干上がっていた…」

なるほど、たったこれだけの答えだったが、吉村昭さんの三陸地震とピタリと一致しているではないか。
地震の起きる前にはウナギやイワシをはじめ、いろんな魚の豊漁がしばらく続いたというし、陸にもイワシやアワビが上がってきていたという。
そして、いたるところで井戸水が枯れたり濁ったりする異常が認められたという。
今回も、やっぱり、地震のサインは出ていたのである。

ついでに、被害がまったくなかった家々の歴史を聞いて歩いてみた。
すると、昭和8年以降に高台に引っ越したお宅がみんな無害だったのには感心した。
ある家の若い嫁さんに話しを振れば、「私は嫁ってきたので歴史なんてわかりません」ということだったが、周辺の60~70代の方たちにそれとなく聞けば、無事だった家は昔は海岸べりにみんな家をもっていたらしい。
ところが、途中から高台に建てたといわれている。
そのことをまったく知らなかった人たちが海岸の港脇に家を建てていて、今回の津波では全壊していた。

オイラは、数日前から福島県の原発事故地帯から徐々に北上しながら被災地を回っている。
福島県の相馬市、宮城県の仙台空港近辺、そして南三陸町まで来たが、海岸線に急速に発展してきた人口密集地の街がどれほど被害甚大でもあまり興味はそそられなかった。
それよりも、昔からの地形に沿って細々と暮らしてきた集落に答えが隠されていると思った。
だから、そんな集落をピンポイント的に惨状を目撃しながら、いま地元で聞き込みを続けている。
そこには、長い時間を自然と相談して生きてきた人間の暮らしに必ずヒントがあると思っているからだ。
吉村昭さんも、そのことを伝えたくて克明に取材して一冊の本に著したのだろう。

「三陸海岸大津波」。
文芸春秋社から出ているが、今回の東北津波をまさにズバリ言い当てた本といえる。
この本を行政をはじめ地域住民の多くの人たちが読んでいれば、少しは街づくりやライフスタイルも変わっていただろうと思う。
そして、人的被害も少なくて済んだにちがいない。

「地球にやさしく」
「地球を守ろう」
「自然を大切に…」
「地球にエコ…」
「環境を守ろう」
「環境保護…」
「自然保護…」

…などなど、キーワードはすばらしい。

そして、これらの言葉を餌にマスメディアは金集めのキャンペーンに使ってきてたりしていた。
自然環境なんてそんなにやさしいものではないし、大自然の常として容赦なく人の死をも強いてくるものである。
地球に保護されて生きている人間が「地球を保護しよう」なんて言うことは、ある意味ほんとうの自然を知らないから、こんなにも驕りおこがましい言葉はないと思う。
人間も大きな自然に保護されて生きている動物なのだから、ここはまず原点に戻って、日本列島それぞれの地域の足元をしっかり観察しながら周辺の自然環境と相談してみるのもいいのではないか?

いま、信州からわざわざ東北の被災地までやってきているオイラだが、日本列島の自然環境にオイラはそれなりのこだわりもって見ているからである。
そのこだわりを確認するために東北地方を歩いているのだが、きのう出会った小学5年生と3年生の姉弟が「自然なんだからしょうがないじゃない」といって元気に遊んでいた。
この子供たちはいい年齢のときに、すばらしい体験をしたにちがいない、と思った。

写真:
1)吉村昭さんの「三陸海岸大津波」。
2)ここは、被害なしの高台にあった家の庭先から撮影したが、潮位が30mほど盛り上がってゆっくり攻めてきたという。この位置からはこれまで家並みで海が見えなかったそうだが、一瞬にしてガレキを除けば「風光明媚」な風景となった。
3)海辺の家は全壊したが、昔からの教訓から高台に建てた家は被害も微弱ですんだ。

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環境を考える 8 「三陸海岸大津波」 への6件のコメント

  1. つわぶき姫 より:

    こんにちは。実は吉村昭さんの「三陸海岸大津波」を3日前から読んでいまして、薄い本なのになかなか読みきれない思いをもってため息をついていました。そして、地震の前兆について、わたしも知りたいと思っていたところでした。震災後の三陸を取材なさったのですね!さすが、という言い方は失礼とは思いつつ、さすが!宮崎さん! 建造物担当の官僚が現場で徹底調査するポリシーを持たなかったのか、と返す返すも残念でなりません。昔の人の口承や知恵を侮っていたのが現代人なのでしょうか。。。吉村昭さんも地下で無念の思いでしょう。
    「・・これらの言葉を餌にマスメディアは金集めのキャンペーンに使ってきてたりしていた。
    自然環境なんてそんなにやさしいものではないし、大自然の常として容赦なく人の死をも強いてくるものである。」まったく同感です。「ツキノワグマ事件簿」から官僚はヒントを得て政策に反映しなければいけませんね。

  2. oikawa より:

    ホンデュラスは地震の無い国で、耐震など全く考えていません。
    家はヤバイし揺れたら壊れるでしょう。ハイチの地震がまさにそれだと思います。
    僕がすんでいる地域も海べりで、もし津波がきたら壊滅するのではないかと思います。
    人に聞いているのですが、未だ地震はきたことが無いといっていました。
    恐らく地震は無いと思いますが、それに慣れていない人たちはかなりやばいと思います。

  3. つわぶき姫 より:

    ツイッター不案内ですみません。
    #mori365 >やっぱりタヌキが徘徊していた。足跡をたどれば、行方不明者が見つかるかも? ー
    タヌキは好奇心旺盛で無用心なので、すぐ出てくるのでしょうね。「羆嵐」を読みました。吉村昭氏がこのような著書を残してくださったのですから、わたしたちが学ぶことは多いはずです。三陸海岸はこれから、羆が多くなるのでしょうか。行方不明者の方々を見つけてあげなければ。

  4. あーる より:

    私、標高900m近い所に住んでいます。
    今回の津波の被害以前に海抜10とか20mの高さに家を建てるなんて無謀としか思えません。
    どうして周囲の小高い山に集落を作らなかったのでしょう。
    今や車が足として活躍できるのだから、漁師さんたちだって高台から通勤すればいいのに。
    浦安だって「青べか物語」でも読めば液状化は当たり前と受け止められるはず。

    そして原発、福島第二や女川が事故を起こさなかったのは幸運だったのだと思います。
    福島第二原発が津波で水浸しになっていた動画を見ました。
    日本中、どの原発も海のそばで、断層の上で、真剣に考えると鬱になりそうです。

  5. つわぶき姫 より:

    「三陸海岸大津波」を読んだ後も、WEB.サイトの被災者の投稿動画の映像を通して、
    人間の長い年月をかけた営みがあっけなく壊されることに呆然とする日々です。
    ある漁師さんのブログのことを書かせていただきます。
    宮古の漁師さんは、津波が来ると直ちに沖に船で逃げ切り、
    港に帰ると家は流され、壊滅の町に遭いました。
    被災後もすぐに、避難所から生活の糧の漁に出かけ、初漁の喜びを表わしておられます。
    海上でイルカやかもめと遊び、牛の世話をし、機動力のあるバイクを購入し、
    今までの日常生活を取り戻すことで、前向きな姿勢が描かれています。
    船が命と同じで、脅威の海を糧として、これからも、生きて行かれること、
    職を極める日常生活が生きる形であることにスゴイと、敬服して読んでいます。
    そして、漁師さんは
    ・・海に近いところに住んでいたからこそ、船も命も一緒に助かった、
    だから、次も海に近いところに家を建てたい。遠くに住んでいたなら、
    船を助けることはできなかった、と綴っておられます。
    引用:
    漁師の徒然なるブログ
    http://blog.goo.ne.jp/heiun/e/7445604db4b3dafbed091f71bff8a91d

  6. Mshi より:

    前兆現象について読売新聞に記事が掲載されたそうです。
    http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110501-OYT1T00194.htm
    私の記憶にも昨年ネットのニュースで「リュウグウノツカイが海岸に打ち上げられた」、地震発生前に「イルカ・グジラが群れで海岸に打ち上げられた」などの記事が多かったと思います。
    誰でも地震の後に発生前異常があったと思い返すことはあっても、その現象が地震につながるとその時判断できないのが現状ではないでしょうか。
    現代は気候変動もあり余計にその傾向が高まって、人間の鈍った感覚では自然の変調に気付くことは難しくなっているのではないでしょうか。