白いタヌキは語る

最近の地域新聞に、白いキツネが拾われたという記事があった。
白いタヌキはいるけれど、白い「キツネ」は非常に珍しいといったコメントがつけられていた。
新聞記事は写真入りなのでその写真を見れば、なんと紛れもない「タヌキ」そのものだった。
キツネではなくて「白いタヌキ」、だったのである。

関係者はキツネだと思いこんでいるようだが、これはまちがいなく白いアルビノのタヌキだからである。
まあ、記事によれば関係者がキツネといって剥製にしてどこかに保存するらしいけれど、そのうちに「タヌキ」という指摘を必ずうけることになるだろう。

それはともかくこの記事を見てオイラは、白いタヌキがいよいよ松川町まで北上してきたな、とほくそ笑んだ。
それは、駒ヶ根高原での白いタヌキの復活を期待しているからである。
というのも、今から32年ほど前に、駒ヶ根高原一帯でアルビノの白タヌキが20頭以上も集中的に見られた時期があった。
3頭が同時に連れ立って林道を歩く現場を目撃したこともあるし、200mも離れていないところでさらに別の白いタヌキに出会ったこともある。。
そんな白いタヌキたちだから珍しさも加わって「噂」となり、捕獲されて剥製にということがあいついだ。
そして、やがて白タヌキはまったく見られなくなり久しいが、オイラは必ず復活してくる周期があるに違いないと思っていた。
だから、密かにその時期に賭けていたのである。

というのも、トップの写真を撮影したのが4年前の2008年。
このときは、6頭の子供と両親の8頭家族だったが、子供の兄弟に白タヌキが2頭も混じっていた。
しかも、この撮影現場から400mほどしか離れてない別の場所にも、白い大人のタヌキがいたのである。
ということは、まだかなりの白タヌキが周辺にいるものと推定できた。
その場所が、長野県の下伊那地方南部なので、そのうちに駒ヶ根高原にもやってくるだろう、と思ったものである。

さらに、この場所から直線で20kmほど離れた飯田市内に現在、相当数の白いタヌキがまとまって見られる地域がある。
その地域から、今回の新聞記事となった松川町は、北へ20kmほど離れている。
そこに、白いタヌキが死んでいたということは、駒ヶ根高原まではさらに直線で20km弱しか離れてないから、あと数年で白いタヌキが復活するであろうことは充分に予測できるからだ。
このように、「白い」というキーワードで長野県南部のタヌキを追っていけば、かなりおもしろいことになりそうだ。

日本の野生動物の研究はまだ分かってないことだらけ、である。
タヌキのような身近な動物ですら、DNAがどこからきてどこへ行き、どのような流れをもって盛衰移動しているのか?
こんなちょっとした疑問は、絶えずオイラは抱いている。
オイラは研究者ではないので写真で何ができるのかを自分で問うてはいるのだが、数十年、百年といった時間軸でタヌキ移動の流れを追ってみるような大胆な発想が研究者にはないのかもしれない。
白いタヌキが、長野県の南部地域を30数年もかけて徐々に移動していることから考えても、DNAで経路を見ていけば大変な研究になると思う。
研究も、写真撮影も、ほんとアイデア次第でいくらでも展開できるのが日本の自然のテーマである。
白いタヌキの出没ニュースはときどきあるので、そんな情報にちょっとした閃きが働けば次なるテーマの仕掛けはできると思う。

なのでオイラは、白いタヌキを駒ヶ根高原で待ち受けている。
はたして、3年後か、5年後か。
その動きのサインは、たぶんオイラの無人撮影ロボットカメラにまず捉えられることだろう。

写真:
1)2008年に長野県と静岡県境で撮影した白いタヌキ。
2)最近の新聞記事。
3)1980年に撮影した中央アルプス山麓の白いタヌキ。このころは、近所に20頭以上の白いタヌキが集中的に生息していた。

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