「死体は生きている…」

11月10日に、鹿児島の「浄土真宗本願寺派 本願寺鹿児島別院」で行った『死を食べる』講演の受講生からの感想アンケートが届いた。

○ 写真家の目を教えていただいた。私の目も変えてみたい。
○ 宮崎さんを鹿児島に招いてくださって感謝です。
○ いのちのサイクルの一連を知ることができ、視点を変えてものや世界を見ることを教わりました。
○ 死を食べながら生かされている人間だとわかりました。
○ 内容のあるすばらしいお方でした。
○ テレビや新聞では見たことのない自然界の姿、衝撃的な写真とお話を大変興味深く聞かせていただきました。
○ 人間が地球上の生物の一員として生きていくために何をすればよいか真剣に考えるきっかけを与えてくれた。


まだまだ、びっしりとコメントがあったけれど、これらは一部の抜粋。
350人もの聴衆が集まってくれており、会場は微動だにもせず熱心にオイラの話しに耳を傾けてくれたのが印象的だった。
それだけに、感じるものもあったらしい。

「屍」と「糞」という漢字は、いま新聞などでは使わないという「活字狩り」に遭っているけれど、人間って生きているかぎりやはりいろんなことは知ったほうが人生に幅がでて生活も楽しくなるのではないか?
糞とは、「米」が「異なって」でてくるものだし、「米」は「田んぼ」で「共」にあるもの、でもある。
だから、オイラは再び「死の生態学」を写真におさめはじめている。

写真上は、「フキバッタ」が2匹サルの死体を食いに目のあたりにくらいついている。
で、サルの周囲にある灰色の絨毯みたいなのは、サルから抜けた体毛。その絨毯に丸く穴があるのはシデムシ」が出入りしたあと。さらに、サルの死体の体内ではウジやシデムシたちが大競演中。
そして、写真下は晩秋の落ち葉に彩られて静かに大地に帰っていくサル。

まさに、「死体は生きている」…。

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