犬が教えてくれるもの

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「石松」家の前を通りかかったら、「おーーいgakuさぁー」と呼び止められた。

そして、
「この骨なーに?
石松が川から拾ってきたんだけど、この骨には異常に執着するんだよ。
ヒツジの生骨も囓るけれど、すぐに飽きてしまってね。
なぜか、この骨がお気に入りなんだ。
で、囓っていると興奮してきて、チンチンが立ってくる…」

『おい、人のじゃぁーねぇかー?
冗談はさておき、この大きさ長さからいえば、たぶんカモシカだと思うけれど…
でも、オイラも骨はこれから本格的に勉強しなければならないと思っている。
実は、先ほど2年ぶりに出かけた木の根元に大腿骨と背骨がいくつかあるんだけれど、これがなかなかに大きいんだ、な。
頭蓋骨でもあれば分かるんだけれど…、それが見あたらない。
2年前にはなかったから、去年の骨だと思う。
昨年だって、○○さんの犬があやしげな骨をくわえてきて囓っていただろう?
その先に、行方不明になっていた爺さんが見つかったじゃんか。
なので、俺たち山歩きはもう少し骨を分かるようになっておかなかければいけない、ぜ。』

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その石松がくわえている骨は、カモシカだと思うが、まだ若干の肉が骨のつなぎ目に残っていた。
骨には一カ所凹んだ「傷跡」があり、生きていたときにはかなり痛い経験をしているようだ。
骨は川に沈んでいたらしいけれど、感じとしては死後2ヶ月くらい経っているように見えた。
自然の懐深くに暮らすには、ほんと教科書のない世界なのですべてを自分らで判断して洞察していくしかない。

縄文時代から日本犬の祖となる犬たちが、人と共に暮らしていた。
それらの時間を考えると、こうして犬と共存しながら野生を知り狩り食い「共存」がこれまであったからである。
そんな勉強の場を、いま再び飼い犬が教えてくれていると思うのも楽しいではないか。

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