ミゾゴイは探せばいるのではないか…?

20131023 ミゾゴイの記事 DSCN9094

長野県の県民紙となっている「信濃毎日新聞」。
昨日(2013年10月23日)の一面トップ記事は、なんと「ミゾゴイ」。
リニア工事にひっかけての記事なのだけれど、扱いがなんだか、沖縄の辺野古にでてくるジュゴンの構図とよく似ていた。

記事では、ミゾゴイが「世界で600~1700羽」となっているけれど。
この数字は、どこからきているのだろうか?
オイラは、イマから50年ちょっと前の10歳のころ、ミゾゴイを飼っていたことがある。
また、40年くらい前までは、ミゾゴイは近所に普通にいた。
そして、近年は、確かに少なくなってはいるが、よく探せばいるのではないかと思っている。

ただ、写真家のオイラにとってミゾゴイは、地味だし商品価値がないからこれまで撮影をしてこなかっただけ。
それが、「世界で600~1700羽」なんていう数字がひとり歩きするとなれば、営業抜きでミゾゴイの写真を撮って調べたくなった。
子供の頃からミゾゴイはどのようなところに棲息しているのかくらいは分かっているから、いまのオイラの無人撮影技術なら、ミゾゴイがいればかなりカンタンに撮影ができると思っている。
むしろ、ただ撮影するだけでなく、長い時間をかけての定点撮影でミゾゴイの棲息数の分析もしてみたい。

今回の「ミゾゴイ」というキーワードから浮かぶオイラのテーマは、日本人の主食でたどってきた「稲作」という歴史時間軸にある。
オイラが子供の頃までは、棚田がまだまだたくさんあってミゾゴイもたくさんいた。
でも、たくさんいたミゾゴイは「棚田」という人間活動によって「餌づけ」と棲息環境が守られていたからたくさんいたのである。
ある意味、弥生時代からつい最近の50年くらい前までのミゾゴイ社会にとっては「異常」な繁栄時代だったのではないか、と思う。

それが、1964年という第一回目の東京オリンピックの年を境に、日本が流通を目的とした高度経済発展をして、人も流動して全国的に山間地の棚田がまずは耕作放棄されていった。
こうして、ミゾゴイの生息地がどんどん消滅していく姿をオイラはいち若者として目撃していた。
その耕作放棄地はこの50年間でどんどん拡大していき、そこはまちがいなく「限界集落」となっていった。
こうして人口が減り耕作放棄地は自然回帰に向かい、昔の集落が世間では「荒れた」というが、このくらいの自然環境が日本におけるミゾゴイのノーマルな生息地ではないのか、とオイラは分析する。

なので、ミゾゴイが「いた」「いない」などと、一喜一憂するような軽い視点でオイラは日本の自然環境を見たくはないのである。
このように棲息数を過少表現してマスコミがミスリードしていくと、そのうちにどこかで意識の破綻が起きる。
これは、ツキノワグマにも言えることなので、これまでの一般論を尻目にオイラは独自の調査方法を確立してそれなりの答えも出してきた。

すでにミゾゴイは子供の頃からの体験があるので、「直感力」として自分なりに調査技術は確立できているので、あとは専用のロボットカメラを開発すればいいからである。
自然に対してこのように大きな網掛けをして攻めるなんてことは、大学に入って慌てて「生態学」を専攻したような若者には絶対にできない発想と行動力だ、とオイラは思っている。
ミゾゴイの数が少ないから観察できないのでなくて、少ないなりに観察してみる努力があってもいい、と思う。
また、日本の農業実態をこの先50年まで見据えるならば、TPPによる小規模農家の切り捨てなども視野に入れていけば、ミゾゴイだけでなくいろんな生態が見えてくるハズだ。

またひとつ、足下の自然をみつめる楽しみが増えた。

http://www.shinmai.co.jp/news/20131023/KT131022ATI090011000.php

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