日本を見つめ記録する意味…

長野県飯田市遠山郷に昨日、久しぶりにでかけた。
やっぱり、ここへ行くと写真家としてのオイラの血が騒ぐ。
オイラは撮影範囲を広げたくないと思って、ここ4年ばかりこの「村」の周辺を撮影するのをためらっていた。
しかし、やっぱり写真家としてだれかが記録しなければならないと思うから、血が騒ぐのだろう。
長野県下にもアマプロ問わず写真に興味のある人間はあまたいるだろうが、やはり「視点」がちがうと見えるものもみえてこなくなるから、こんなにも被写体の宝庫があることに気づかないのだろう。
そして、現代も時間と時代は確実に動いているのだから、
「もったいない、ああ、もったいない」、そう思った一日だったので過去の写真も含めて少し紹介してみよう。

この家は、たしか20年ほど前は人が暮らしていたがいまは空き家となっている。
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「老人のひとり暮らし」
20081003DSC_1481

「郵便受け」  
坂の上の家の庭でヒモをひっぱると滑車で引き寄せられるようになっていた。
20140427 遠山の郵便受け2 DSCN0044

「国際結婚看板」   
行く途中の村境でみかけたこの看板はいつころから立ったっていたのだろうか。4年前にはたしかになかったと思うけれど。
20140427 喬木村氏乗 国際結婚看板 DSCN0020

「信号待ち」  
新しい上の道路が昨年から開通となった。
20071209遠山の信号待ち

「薪小屋」
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「軽トラック荷台の畑」
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