ホンドギツネなんて排除できない…

20131105 飯島町七久保キツネの存在 DSCN9516

『エキノコックス』で調べものをしていたら、予防のためには「キツネなどの野生動物を人家付近によせつけないこと」、との文言が随所で目に入ってきた。
これを書いた人は、日本のキツネやタヌキの野生動物の行動習性生態をまったくわかってないから書けたのだ、と思った。
本州のキツネやタヌキなんて、大都市中心部を除けばほとんどすべてに普通に生息しているのが実態である。
ただ、その事実を確認する手立てがないから、このような悠長なことを書けるのだと思う。
とにかく、縄文時代からキツネやタヌキは人家まわりにいて「スカベンジャー」として今日まで日本の野生動物の代表として立派に生きてきているからだ。
なので、キツネを漢字で書けば「狐」だし、タヌキは「狸」なのである。
漢字が示すとおりキツネは瓜を好んで食べる獣であり、タヌキは里を重要な生息域としている獣…なのである。
で、キツネは瓜や果物がほんとうに大好きだし、生きたノウサギやノネズミも大好きだ。この食性をタヌキと比べてみれば、キツネはタヌキより鮮度のいいところだけを食べて食域が狭いことに気づく。
そして、タヌキは鮮度のいいところから、腐敗が強烈に進んだところまで幅広く「食べる」という食域をもっているから悪食でもあり解毒能力はキツネより優れていると思っていい。
そんな同じイヌ科動物の両者が、人家付近に暮らしているということは食域を分けながら人間の食べ残しを「掃除屋」さんしているので、里から絶対に排除することはできない動物たちなのである。
その彼らが生きているかぎり糞だってするから、ノネズミを捕食したキツネに「エキノコックス」があっても全然おかしくない構図となる。
で、ノネズミの生態をみていけば、人家付近から山野までそれこそわんさか生息しているのが日本の自然環境でもある。
なので、悠長なことをパンフレットして安心しているのではなく、車社会となって人やモノが広範囲短時間で移動できてしまっている現代日本社会の現実を加味し「社会学」と古来からもっている「生態学」を横断しながら日本の自然界の現実を語るべきではないのか、とオイラは思っている。

(写真:田舎ではキツネなど普通に人家の庭先にまでやってきているのだけれど、それがキツネの当たり前の行動と気づいている人はまずいない。「生ゴミ」なども畑などで自家処理しているから、キツネやタヌキはまさに毎日がバイキング…なのだ。)

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