隠居オヤジの新メニュー


ある街で、スナックを3店舗展開していたスーさんが、駒ヶ根高原に隠居してきた。
隠居といっても、小さな「山の店」をもってこれまでのお客とのつながりを大切にしている。
スーさんは「山男」でもあり、その博学と技術にはボクも脱帽する。だから二人で山歩きをすれば、まさに阿吽の呼吸なのである。
困ったことに、彼はボクが山に入る道路の入り口に「関所」のように陣取っている。
このため、行きも帰りも、すべて監視されてしまっているのである。
店の前を車で通るたびにボクはクラクションを一発鳴らしていくから、帰り時間でどこの谷に入っていたかが彼には分かってしまうのだ。
そのくらい中央アルプスの隅々まで知り尽くしている男なのである。
日がとっぷり暮れてお客がいないと、彼はもう一升瓶をかかえて独りで飲んでいる。
そのときは店のカーテンをしっかりおろしているので、山から下りてきたボクにもすぐわかる。
カーテンは締め切ったつもりでも10cmばかりを必ず開けているので、その隙間から内部の確認をしてからボクは店に入る。
そんな彼をカーテンの隙間から見るたびに、「黒板五郎」の背中とダブってしまう。
20年ほど前にカミさんに先立たれてから、屈強な山男の背中が年々丸くなっているからだ。
gaku 『ようー もう飲んでいるのかぁー?』
スー 『まあ、一杯やっていいきな。』
こんな会話でボクが座り込んでしまえば、お決まりの酒盛りとなってしまう。
こうなれば、車を置いて、ボクはクマの棲む夜の林を1kmばかり歩いて仕事場まで帰るハメになるのだ。
だから、飲まずに顔だけ見てから、再び車に乗り込むことのほうが多い。
gaku 『いやー 今夜はいいよ。まだ仕事があるからな。』
スー 『じゃあ、これ食ってけぇー。』
そういって、味のりを二つ折りにしたかと思ったら、塩ウニを小指の半分ほどの大きさにして海苔に挟んだ。
スー 『ガクさ、なぁー これを海苔で薄くのばせるだけのばして、少しずつ食べて、み?
    これがまた、美味いんだぁー。
    塩ウニだで あんまり量を多くしちゃあいかんに、ちょっとだけのっけて楽しめばいいんだ、ぜ。』
そういいながら、一つ見本をつくってボクに渡してきた。
なるほど、これが冷酒には実によく似合う。
こうして客にふるまうでもなく、自分で肴を考えていくのが「呑み助」だ。
そういう酒がいちばん、ウマイのである。
カミさんがいなくても、歳いった男のささやかな楽しみを見た思いがした。
そして、ボクに塩ウニと海苔まで持たしてくれる優しさも、彼に見た。
写真:塩ウニ海苔…、これがまたウマイのである。

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