バンビ


夕方、携帯電話が鳴った。
出てみると、助手のイトちゃんからだった。
イト  『せんせえー バンビいるかぁー ?』
gaku 『バンビぃー? 生きているんかぁー ?』
イト  『生きているぅー』
gaku 『なんで捕まえてくるんだぁー いらんぞぅ』
イト  『だって、せんせーが喜ぶかと思ってぇー』
gaku 『そんなのぅ 母親が近所にいるのになんで連れてくるんだぁー
     見つけても、そっと置いてくるべきなんだよぅー』
ボクは、電話口で激しく怒ってしまった。
イトちゃんは、林道工事の仕事で南アルプスの奥深くへ毎日でかけていることは知っていた。
南アルプスにはニホンジカが多数生息するから、この季節は出産ラッシュなので、そこで捕まえてきたことは容易に想像できた。
しかもイトちゃんは、自然界には精通している男だからボクがもっとも信頼している。
それなのに、バンビを拾ってしまうとは、ちょっと冷静さに欠けるではないか。
そのことへのショックもあったから、怒ってしまったのである。
たぶん、バンビを見つけた瞬間にそのつぶらな瞳をみて冷静さを失ってしまったのだろう。
まもなく、バンビがやってきた。
車の助手席の足元で静かに座り込んでいた。
見るからに、数時間前に生まれたばかりの可愛らしいバンビだった。
その可愛らしさをみて、さらに怒りがこみあげてきてしまった。
gaku 『どうして、こんなことしてしまったのだぁー?
    ボクは飼育するつもりはないから、すぐに現場に帰しておいで。
    まだ、いまなら、充分に間に合うから、この子を現場に置いてくるべきだ。
    そうすれば、バンビが母親を求めて啼くから、今夜中にはその声を聞きつけて母親と再会できるハズだ。
    シカは、超音波で母子の会話が成立しているから、人間にその声が聞こえなくても大丈夫。
    絶対に、母親が探しにくるから…』
ボクの激しい口調に、イトちゃんもやっと事の重大性に気づいたらしかった。
『おれ、これから帰しにいってくる…』
そういって、車を飛ばしていった。
現場までは、1時間半もかかる南アルプスの林道。
夕方だったし、一刻を争う時間帯なので、急ぐしかなかった。
イトちゃんにはちょっと可哀想なことをしてしまったかな?、と思ったけれど、ボクもここは心を鬼にした。

この季節は野鳥のヒナが拾われる機会が多い。
そんなヒナを偶然見つけて、『可哀想だから拾ってきた』と、ボクのところまで届けてくる人がいる。
野鳥でも動物でも、親子の会話はちゃんとできているのだから、どんな状況にあっても「可哀想」ではないのだ。
そこに、人間が介入すべきことではないからである。
自然界にはちゃんとしたルールがあるのだから、そこのところを理解していくのが現代人。
こういう現実をみてしまうと、現代人はほんとうに自然界のことを理解していないと思う。
写真上:やっと立ち上がることができたバンビ。人間には聞きにくい『ビーーン』という声をさかんに出していた。
写真下:再び山に帰されるために、助手席に乗せられた。

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バンビ への8件のコメント

  1. 粗忽鷲 より:

    わぁ~ひ弱な四肢。産まれたばかりが分かります。
    可愛く優しげな鹿の瞳は、人間から身を守る1つの武器ですね。
    以前雛を拾ったと連絡あって、「今行きますから」に待てなかった人が誘拐(連れて)してきました。仕方なく
    ハクセキレイで育てやすかったこともあり、とうとう
    9月に自立するまで長く飼ってました。
    実の親なら2回目の繁殖を終えていることでしょうし、
    私に育てられた軟弱さが自然界では耐えられない個体になったかもしれません。。

  2. C-NA より:

    お母さんと会えたかしら。
    何の抵抗も出来ないバンビのかわいさともし他の動物に襲われたらと、連れて帰りたくなる気持ちもよくわかりますがこのバンビちゃんもいつかりっぱな親鹿になって行くのでしょうね。

  3. 小坊主 より:

    小鹿は、決して動かない。
    動かなければ、まず、存在が分からない。
    匂いも、ほとんどしない、と聞いたことがあります。
    もしも、天敵に見つかってしまっても、それはそれで、自然の摂理と思います。

  4. うりょ より:

    子牛と同じなら、生まれて数時間だと、蹄の先が色が薄くて柔らかく、丸みをおびているのでしょうか?
    歩くことですり減って平たくなっていきますよね。
    また、臭いも確かにあまりしなかったと記憶しています。
    そう言えば、現場を離れているから羊水臭いが思い出せなくなってます(ショック~)

  5. ちゃかめ より:

    はじめまして。
    イトさんの思い、gakuさんの思い、小鹿の思い、親鹿の思い、いろんな思いが感じられて、涙が出てしまいました。小鹿はお母さんに無事に会えたかな。会えたと願いたいです。
    人間の親子は、簡単に引き離されることはないですよね。でも動物は、馬でも、犬でも、簡単に引き離されてしまう。ときどき、動物達はどういう気持ちでいるんだろうと考えてしまうときがあります。

  6. 酩酊亭快楽 より:

    はじめまして。
    北海道は、札幌在住の16歳のキツネ好き少年です。
    過去の記事をいろいろ拝見させていただきましたが、
    心をゆさぶられることばかりです。
    目玉の飛び出したリスや、モツの出ていたキツネの写真は、鮮烈に脳裏に焼き付きました。
    言葉足らずの高校生ですが、必死でコメントしていきたいと思います。

  7. モモンガ より:

    ちゃかめさん、酩酊亭快楽さん、いらっしゃいませ!
    嬉しいですねぇ、こうやって新規の読者の方が書き込んでいただけるのは・・・
    これからもぜひ森の仲間になってくださいね。
    gakuが書いているツキノワグマのブログも面白いですよ。
    http://tukinowakuma.blog77.fc2.com/

  8. gaku より:

    そういえば、昨日(14日)、別の山でバンビが母親やお姉さんと一緒になって走っていく姿を見ました。
    生まれたばかりはか弱くても、一日もたてば走れるのだから、バンビもスゴイ。
    人間が走れるようになるには、数年もかかる…