山くじら


隣のとなり町に住んでいる知り合いの農家のオヤジから電話があった。
オヤジ 『gakuさん、ヒマかぁー? すぐに来いやーい』
gaku  『なんだぁー? ヒマじゃあないけれど、隣町を走っているところだぁー』
オヤジ 『いいからすぐに来い、イノシシのどざえもんさぁー』
gaku  『よし、わかったぁー すぐに行くよぅ』
コンクリートの農業用水路にイノシシが落ちて死んでいるという話は、このオヤジがよく話してくれていたので興味があった。
さっそく農家に着いてみると、オヤジは慌てるふうもなく穏やかだった。
オヤジ 『まあ、待てよ 』
そういって、家から持ち出してきたスーパーのレジ袋。
なんと、そこにはずしりと重たい生肉が入っていた。
2kgいや3kgは、あるだろうか。
gaku  『なんでぇー 今のこの時期のイノシシなんて食えるのかぇー
     しかも、血抜きがちゃんとできているのかぁー?』
オヤジ 『前にも言ったことあるけれど、冷たい水に落ちたイノシシは、体内の血液がすべて内臓にあつまるから大丈夫。     
     シシ16っていうけれど、16貫目くらいのイノシシが柔らかくてうめえぞ
     こいつは3年仔で、50kgくらいだった
     落石にあったらしく、内腿が大きく内出血していた
     そのまま水路に落ちて、オレんちまで流れてきたのだろう
     鮮度がよかったから、食える…
     まあ、もってけぇー』
gaku  『・・・・ 』
いやー まいったなぁーと思いつつ、確かに肉は美味しそうな色をしている。
それに、冬のイノシシ肉と味がどうちがうのかに興味があったので、ボクも一口食べてみることにした。
肉の大きなブロックは「焼豚」に、バラ肉は「ぼたん鍋」にしてみた。
しかし、冬のイノシシ肉とは全然ちがう味だった。
焼豚もぼたん鍋も、どこかで経験したことのある味なのである。
それは、まさに「鯨大和煮」の缶詰の味そのものだった。
なるほど、イノシシのことを「山鯨」ともいうが、どうして山鯨というのかボクはこれまで分からなかった。
日本では昔からイノシシ肉はさかんに食されてきているが、山間の住民たちが「山鯨」と呼んだ意味がこれでやっと理解できた。
脂がまったくのってない夏のイノシシ肉は、今日のように流通の乏しかった山人たちにとってはたいへんなご馳走だったにちがいない。

写真上:これは交通事故に遭って死んだ2年仔の写真。
写真下:ボタン鍋にしてみたが、冬の肉にくらべれば格段に味は劣る。

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山くじら への5件のコメント

  1. アルファ より:

    >冬の肉にくらべれば格段に味は劣る。
    うっ、しかし…gaku先生の写真を見ていると食べたくなります…。

  2. 小坊主 より:

    山クジラの意味が、遂に、納得されました。
    こうなると、山クジラという呼び方、いつ頃できたのか、それを知りたくなりました。
    それが分かれば、どんなクジラか、大体、分かりますので。

  3. gaku より:

    さくら、もみじ、かしわ、ぼたん…
    この意味はわかりますが、鯨はもっと後半になってからのような気がしますが、
    どうなんでしょうか?

  4. 小坊主 より:

    昨日は、gakuさんの名文に釣られて、ちょっと、冷静さを欠いたようです。
    山クジラと言う言葉は、仏教の獣肉禁忌を憚って、「あれは獣ではない、クジラなんだ」という隠れ蓑として用いられたというのが定説ですが、これは、多分、正しいのだろうと思います。そして、それは、山間では使われず、平地で使われた言葉なのでしょう。
    なぜなら、「シシ肉はクジラに似ている」というのは、平地の人の発想と考える方が無理が無く、山の人なら、「クジラはシシ肉に似ている」と発想して、例えば、「海のシシ」という風に呼んだと思えるからです。
    そういうわけで、山間で、当たり前にシシ肉を食べていた人々が、シシ肉を「山クジラ」と呼び始めたのは、割りに新しいことなのではないか、呼び始めはしたものの、シシ肉がなぜクジラなのか、本当のところは、得心されていなかったのではないか、そのように想像されます。
    ですから、gakuさんが、今回、そうだったのか!と思われたのはとても自然で、近頃、山から物事を発想している私が、同じく、そうだったのか!と思った事も、自分で納得されたのでした。

  5. gaku より:

    小坊主さん、
    ボクが言わんとしていた次が、わかってもらえましたね。