ガソリンが安いぞ…?


今年(2007年)の夏、新潟県から秋田県にかけて日本海側を走った。
途中、山形県と秋田県の県境付近で写真のようなガソリンスタンドの前を通った。
『おもしろい』
これは撮影しなければならないと思いながら、つい通過してしまった。
その後、
「油が安いのだ」
「油が安いのだ」…と反芻しながら4kmくらい走っただろうか。
やっぱり、これは引き返して撮影しておかないと、後々悔いが残ると思い、ボクは引き返した。
このスタンドで燃料を入れようと思ったのだが、無人だったので諦めて写真だけ撮影してから再び先を急いだ。
このころから、ガソリンはじわじわと値上がりをしていったが、最近では1リットル150円を突破してしまっている。
これで落ち着かず、さらに200円を超えるのではないかという勢いで値上がりが続いている。さらには、将来的には300円になってしまうかも、知れない。
車の燃料だけでなく、家庭で使う灯油も1リットル100円を突破する勢い。
まあ、ここまでくると潔く、すべてを諦めてもいいのではないかと思う。
この値上がりは辛いことだけれど、ここでちょっと冷静になってみると我われ現代人はここ50年で「石油」に頼りすぎてしまったのではないかと反省もできるからである。
石油製品をふんだんに利用することにより、私たちはあらゆる面で自然界と乖離してきてしまったような気がする。
自然界に生かされている人間なのに、そのことをこの50年間にすっかり忘れてしまってすべてを征服して人間中心のおごった考え方になってしまったのではないか?
そう思うと、これはある意味で地球が私たちに与えてくれた試練であって、生き方を見つけるチャンスなのかも知れないとボクは思うからである。
わが信州でも、真冬に重油をどんどん燃やしてビニールハウスで「イチゴ」を栽培している。これに、都会から貸し切りバスで観光客が訪れて、なんの疑問をもたないまま「イチゴ狩り」を楽しんでいくのが不思議でならなかった。
そのことをボクは数年前にたしかにここでも書いたが、標高の高い真冬の信州でこれまでして季節外れのイチゴをつくらなくてもいいと思っていた。
野菜にしても、旬がちゃんとあるのに、その旬さえ忘れて次々と季節をごまかしてきてしまった。
なので、ここは一度リセットをして、すべてを考え直してみることもいいだろう。
たぶん、きちんとした「自然観」さえもってエコロジーをみつめ直してみれば、次代に向けた生き残りのヒントは必ずあると思う。
そうすれば、いまで言うところの「勝ち組」「負け組」も、また別の展開になっているのではないかと思う。
だから、これはチャンスだとボクはみている。
写真を撮らせていただいたこのガソリンスタンドも、ぜひ頑張って生き残ってもらいたいものだ。

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ガソリンが安いぞ…? への3件のコメント

  1. みやましろちょう より:

    野生動物との戦いを意識しなくなった村田銃登場以降の100年、利便性や収益性を追求し続けた戦後、のつけが顕現化してきました。きちっとした「自然観」はどういうものなのか、ということも教育されていません。
    現状、農業指導現場では重油高騰への対応として加温栽培をやめる、という選択が提示できないもどかしさはあります。
    不便でも、生活レベルが後退しても、リセットすべきと考えても、現実的には、利便性や生活レベルは維持あるいは向上させつつ、リセットする手法を提案しろ、といわれそうですね。

  2. ブリスパ より:

    有機物を燃やす、つまり炭素を酸化することが人間の文明の証のようなところがありますからねえ…
    今生きている私たちは次世代の人間のために、今を犠牲にしても、すこしでもよい環境を残さないといけないと思います。

  3. OIKAWA より:

    勝ち組、負け組。客観的に見て僕は、負け組のような気がします。パプアの人間は、もっと負け組のような気がします。でも、あまり負け組みでないような顔をして歩いています。物の価値というのを考え何が自分にとって幸せなのかもう一度考え直す事が、今必要なのではないでしょうか?今20年ぶりにホンデュラスに帰って来て都市部の生活水準比べものにならないくらい上がっています。でも昔の方が格段になじみやすく面白い国でした。