九州までのアンテナ磨き旅 その4


「男はホラを吹かなければならない、だからオレは床の間に大きなほら貝を飾ってある」
そう口癖のように言っていたのは、椋鳩十さんだった。
同郷人として、この言葉に痛く感動したのは言うまでもなく、この言葉を得て、ボクもなんだか急に自分が大きくなったような気がした。
そんな椋さんとの共著も10冊ほど作らせてもらって、椋先生はまもなく亡くなられた。
葬式に鹿児島空港に降り立ったときは、冷たい大粒の雪が降っていた。
その雪は、まさに伊那谷の雪だ、と思った。



そんな椋さんの記念館が鹿児島の加治木町にある。
その記念館にいつか顔を出さなければならないと思っていたから、ボクはふらりとご挨拶に訪れた。
館に入って、ボクはとっくに忘れてしまっていたが、ボクが寄贈した写真に出会った。
本人が忘れていたのに、きちんと展示してあったのには嬉しく感じた。
そして、椋先生の遺品のなかに、あの「ほら貝」もあった。
ほら貝をみて、懐かしさと、嬉しさと、勇気をもらった気がした。
なので、これからはボクも大いに「ホラ」を吹いてやろうと思った。そう思った瞬間、遺影の椋先生がなんだかニヤリと笑ったようにも感じた。
ご遺族のみなさんには連絡もしないまま、ボクはこのあと、一気に宮崎県の椎葉村を訪ねた。

この村は、何も知識がなかったが、地図で見て字が示す意味を自分なりに探ってみたいと思ったからだ。
もっとも、九州では絶滅宣言が出されているツキノワグマの存在も気になっていたので、少しは自分なりに自然環境を見ておきたいと思った。その先に、椎葉村があっただけ、なのである。
(九州のツキノワグマのことは、別ブログ「ツキノワグマ事件簿」で近々書きます)
あえて山道を選んだために、椎葉村では思いのほか時間がかかり、日がとっぷりと暮れてしまった。
こんなときは動かないに限るから、真っ暗闇の道路際でカジカガエルの声を聞きながら車中泊をした。
心細い山中で、山の黒さと深さがなんとなくわかり、いや、すごい過疎地を自分の目で見て体験していることに充実感を感じた。
山深いこの地は、信州の南アルプス奥地にある村とも共通する深く濃い「自然」があると思った。
翌朝は、ある意味ほっとした気分で早急に次の講演地である直方市へ急いだ。
予定スケジュールがあるのに、見知らぬ土地で時間をかけてアナをあけることはクライアントに対して失礼にあたる。

直方市ではこぢんまりしたグループだったが、一応ボクの持論展開をしてきた。
そこに、3時間以上も時間をかけて熊本からやってきてくださった方がいて元気づけられた。
熱心に地域づくりのことを考えておられた方だから、手弁当でやってきてくださったのが嬉しかった。
全国で講演していると、地域によっては意識の時差もあるので、そういったところで何を語り残していくかといったジレンマがボクにはあった。
なので、わざわざ熊本からやってこられた方はさすがにホンモノなのではないかと思った。

このあとの懇親会では、初物の焼きタケノコがとても美味しかった。
ありがとう、「なごみの会」のみなさん。

カテゴリー: 哺乳類・野生動物   パーマリンク

九州までのアンテナ磨き旅 その4 への4件のコメント

  1. 小坊主 より:

    >ホラガイを飾る
    面白い方ですね。
    ひととなりが、伺われます。
    椎葉村、椎葉ダムのある所ですね。
    人工のダムのお陰で、サクラマスが出現するという。

  2. 自由飲酒党総裁 より:

    熊本から3時間(本当は4時間くらい)かけて行った者です。ホンモノなどとおほめいただき光栄です。焼き竹の子、美味かったけど寒かったですねー。
    クマは九州にいるとしても奥山なので、自分の問題として考えるのは難しかったです。猪や鹿や猿は、その点身近な存在(あんまりありがたくないのですが)なので、興味も関心も深いものがありました。
    お近くに来られる際は、ぜひお寄り下さい。例の焼酎は常備してあります。

  3. gaku より:

    ■ 小坊主さん
    >ホラガイを飾る
    ほんと、発想がいいです椋鳩十さん。
    ■ 自由飲酒党総裁 さま
    いやー あの焼酎は美味しかったです。
    ボクは、ずっとストレートで飲んでました。
    あんなにいい焼酎は、割ってしまってはイケナイのですよ。
    熊本にまた出かけますんで、呼んでくださいね。
    「獣害」をキーワードにお話でもしましょうか?
    昨夜のラジオ深夜便は聞きそびれてしまいました。
    再放送に挑戦させてください。

  4. オーロラ より:

    椋鳩十さんと先生の共著、わが家にも1冊ありますが、その写真のすばらしいこと!
    モノクロだけど迫力満点の写真は、やはり誰にでも撮れるものではなく、先生の凄さを改めて感じたものでした。