植樹祭に思うこと…


先月の29日に、中央アルプス山麓で「植樹祭」が行われた。
県知事なども来たそうで、関係者の全県参加で周辺道路の交通整理にも、ものものしさが感じられた。
お祭りが終わったあと、オイラは植樹祭のあった現場に行ってビックリした。
これまであった立派な森を、きれいに切って整備して、そこにいろんな苗木を植えてあったからだ。
植樹祭というお祭りは、このようにたいへんな税金をつかいながら自然をねじ伏せて行われるものなのかと、腑に落ちないところがあった。

これまでの林は、ほんとうに素晴らしいものだった。
植林ヒノキなども50年ほどたっていて、その間にはクヌギやコナラ、クリ、ヤマザクラ、アブラチャン…などが、それはそれは実生から自由に発生してきていて、針葉樹と広葉樹のバランスのとれた理想的な林にできあがっていた。
だから、ツキノワグマをはじめ、カモシカやサル、イノシシ、モモンガ、ムササビ、リス、テン、アナグマ、ノネズミ…、それに森林系の野鳥たちがほんとうにたくさんやってきて安心して暮らしていた。
それこそ、ある意味では理想的な「ふるさとの森」ができあがっていたのである。

そこを、きれいに伐採して、地ならしをして、これまであった樹木と同じような種類の「苗木」を植えなおすことが、県民が集って行う長野県の「植樹祭」というものらしい。
これは、ちょっとおかしいのではないか、と思ってしまう。
災害で土砂崩れのあったような場所に苗木を植えて森づくりを考えるなら税金のムダ使いにはならないと思うが、一旦できあがっていた素晴らしい林を切り開いて「お祭り」をするのは、やはりどう考えてみてもおかしすぎる。

もっとも、近年は、広大な面積の伐採が行われないから、ある意味ではこのように伐採するのもいいのかもしれない。
ひょっとしたら「ノウサギ」や「ヨタカ」のためにも、切ったほうがいいこともある、からである。
まあ、こうして植樹された苗木は、あと40年もたてば、これまであった「林」と同じような環境ができあがることだろう。
それを次世代に「森」といって見せるのもよいが、これまであった林にさらに50年の時間が積み重ねられていれば100年の理想的な「森」になっているハズ、だ。
その森を次世代に見せたほうが、「先人はやっぱり共生を考えていたんだ」と思ってもらえて、オイラはよかったと思う。
その意味でも、今回の「植樹祭」は、せっかくできあがりつつあった理想的な森づくりのこれまでの50年間という時間を振り出しに戻してしまったような気がしてならない。
だからこの植樹祭に参加された県民のみなさんは、たった1日だけのお祭りに参加して終わるのではなく、木を切れば大きなダメージを受ける生物がいて、木を切ることによって大喜びをする生物もいることを同時に考え知り、そのバランスをどうとっていくかといった視点で「県民の森」を見届けていってもらえればありがたいと思う。
樹木時間と人間時間は、基本的に時間軸がちがうのだから、そのへんのところを「お祭り」から読みとってもらえればいい、からである。

写真:
1)植樹祭の行われた証…
2)これまでの林は左のような環境だった。それを、右のように「きれい」に整備してお祭り現場となった。
3)植樹した種名を明記してあったが、ヤマザクラがあったところにオオヤマザクラも植えたらしい。オオヤマザクラは、元々ここにはなかった。
4)土砂崩れで工事がやっと完成した現場、このようなところへ植樹すれば「お祭り」の意味もよくわかるのだが…
5)10年前にテンを撮影した50年モノのコナラの木も、バッサリ切られてしまった。

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植樹祭に思うこと… への14件のコメント

  1. 小坊主 より:

    誰が・・・考えたんでしょうね、こんな、無駄なこと。。
    それとも、何も・・・考えていないのか。。。

  2. あーる より:

    植木屋さんが儲かったんでしょうか。
    河川もやられてますねー。
    現知事に変わったとたん、堰を切ったようにそこら中の川に工事が入ってあきれました。
    護岸をしゃらくさい公園風にするの、いい加減にやめないかなあ。
    みんな税金の使われ方に無頓着ですよね。

  3. 北割 より:

    >戦時中の軍需用伐採した跡地について、「荒れた国土に緑の晴れ着を」を合言葉に、戦後の緑化運動の機運が高まった昭和25年から長野県植樹祭が始まりました。
    県の広報にはこのように書いてあります。
     時代も変わったと言うことに気が付かないのだろうか疑問です。

  4. もっち より:

    植樹祭には、小学生や女性も参加(世間体がいい・・)する為、植樹祭を行う現場は、もちろんのことですが、そこへ向かう山道もきっちり整備します、大げさに言うとパンプスを履いていても歩けるくらい・・・。
    はい、そうとう感覚がずれていると思います。。

  5. 杢爺 より:

    たぶん、県内地区を持回りで行っているのでしょうね。
    そして、この地区をよく知っている担当者がよくよく考えた末に、現地への入り易さ、事前整備のしやすさ、伐採木の搬出ならびに資材の搬入のしやすさを考慮されたのでしょう。
    もちろん時代の変化によって、急斜面での作業は出来るだけ避けた方がよく、参加者に怪我、虫さされなどが無いよう配慮がされた事と思います。
    つまり、参加される方々にまずは楽しんで頂き、森林に興味を持って頂くのが目的で、森林税の必要性を分かって頂くことに繋がればと考えた訳です、、、、かな?
    「長野県森林づくり県民税」は払っても構いません。でも昨年度の間伐の、切りっぱなしは残念ですし、2)の写真は悲しくなります。

  6. TAGA より:

    何百年という長いスケールで、自然にも年齢がある筈で、伐採するというのはある意味世代交代ですね。かつては人間もかかわって世代交代を手伝っていたはずです。そういうことを忘れて、最近は単に「きれいにする」ということを無条件に「よいこと」と思っているフシがあります。それでもって、さらに、舗装された遊歩道なんか作ったりしたら最悪です。こちらでも、行政がお金をかけて街中に木を植えて「整備」するのと同じことを、自然の中にもちこんで「整備」する人がいて、最悪です。

  7. 粗忽鷲 より:

    何故ここに植林するのか意味が解りません。
    適当に樹間があり、そこからの陽射しがあるから次の世代の樹木が育っているのに、それを刈払って稚樹を植えただけ?
    植林がベストと言えば何が何でも植林の形をとる。何か違うんですよねー。
    植林すべきベストな場所を考えるべきね。

  8. しらとり より:

    何年かしてこの場所に訪れた県知事さんや役人さん・この植樹祭に関わった人たちは「この森は自分が創った森だ」なんて自己満足されるのでしょうね。

  9. うどん より:

    植樹祭とは違うのですが、私が昔住んでいた福岡市ではある年からクマゼミが大繁殖し夏の暑さを一層演出してくれるようになりました。
    クマゼミが大繁殖した理由は街路樹がケヤキだらけになった事が理由とか…。
    数年後に街路樹と納入した業者と行政との汚職が発覚するというオマケ付きの人災でした。

  10. gaku より:

    ■ みなさん 
    たくさんのコメントをありがとうございます。
    やっぱり、オカシイですよね!
    自然を、その時代のファッションで考えてしまってはいけないのですよ人間は。

  11. ほた より:

    5月の連休に茅野から東信を回り、丸子→長門を経由して、辰野町に戻ったのですが、峠道の様子がオカシイのです。
    道路脇の樹木を伐採してはあるのですが、地面から1m程のところを3/4ほど切り込み、折り曲げて(倒して)あるだけ。
    昔は、切り刻んで、1箇所に積み上げてあったものでしたが・・・
    乱暴というか、無残というか・・・・
    その手口が見事に一緒なのは、県発注の仕事で、そうしたマニュアルがあるのだろう・・・と予想出来る状況でした。
    きこりも泣きながら作業しているのかも知れません。
    今度、会ったら聞いてみたいと思います。

  12. gaku より:

    ■ほた さん
    こういう現場も、きちんと写真撮影して記録に残していきましょう。
    そこからいろいろ考えて行くことは、必要なことですから。

  13. ごま より:

    北海道の某森林事務所に勤務しているものですが、どう考えても勿体ないと思います。
    行政のイベント的側面からどうしても行いたい行事だったのかもしれませんが、ならばせめて場所の選定くらいはしっかりやれよと・・・orz

  14. gaku より:

    ■ごま さん
    おっしゃるとおり、ほんとうにもったいないことをしました。
    来年のイベントも、ある市に決定しているようです。
    また、同じことが繰り返されそうです長野県。